味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

二帝より上は、聖賢世出で、

2018-01-09 16:53:58 | ブログ
第3298号 30.01.10(水)

二帝より上は、聖賢世出で、時に随(したが)ひて作(な)す有り。風気(ふうき)の宜しきに順(したが)ひ、天に先んじて以て人を開かず、各(おのおの)時に因りて政(まつりごと)を立つ。三王迭(たが)ひに興り、三重既に備はるにおよび、子(し)・丑(ちゅう)・寅(いん)は正を建て、忠・質・文は更(こもごも)(とうと)ばれ、人道備わり、天運周(あまね)し。『近思録』213

 二帝までは、聖人や賢人が世々現れ、そのときどきに民に必要なものを作ってきた。それは、民の生活の状態に従ったのであって、天に先がけて人事を開発することをせず、れぞれ時勢に従って政治を施いたのである。三王がかわるがわる国を建て、三重が備わってくると、子・丑・寅によって正月を定め、忠・質・文がこもごも貴ばれて、人倫は完全になり、天体の運行に誤りがなくなった。213

 【コメント】堯・舜の二帝の時代までは、文化が低く、啓蒙を必要としたという。二帝はそのときどきに従って立派な政治を行ない、衣食住を充実させ、民の生活を向上させた。

 それらはすべて天の命令に従って事を行い、習俗として人事を開発し、新しい政治を行ない人々のための政策を施行することに勤めた。

 こうして繙いて見ると、古の人々が、思考を回らし工夫改善したものの恩恵を受けているといつてよろしいかと思います。そういった意味では現代に生きる我々も、文化の恩恵を受けるだけに止まることなく、建設的な日々を邁進すべく努力したいものです。

 今年は大河ドラマでセゴドンが放映されますが、ただ経済効果だけに期待することなく教育効果の骨格となる『南洲翁遺訓』をもっと広めていいのではないかと考えます。

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『不動心』(第159回)

 一日には一日の知恵

 いつでもどんな場所でも、あなたにできることがある。それは、その日のできごとを敬虔な心で受け入れ、その日会う人々に対して正しくふるまい、その日に見聞きしたことを鵜のみにしないよう綿密な検討を加えることである。

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「日本の婦道」---第15回

 妻の乱倫も亦夫の恥辱である。この場合武士の處すべき道は最も面目を立てるに在る。面目を立てるとはつまり最も人格的な態度を取ることである。場合に依っては何事も言はず離縁して、彼等の自由行動に任せることであろう。場合に依っては自裁せしめることもあろう。兎に角愛はすべて厳粛でなければならぬ。今の様に恋愛至上主義の美名に隠れた狂態は、其の實恋愛の畜生的堕落と云ふ外はない。そこに何等崇高な人格の自由を認められないではないか。
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