味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

一友常に気を動いて人を責め易し。

2018-07-14 09:44:23 | ブログ
第3483号 30.07.14(土)

一友常に気を動いて人を責め易し。先生之を警(いまし)めて曰く、學は須らく己に反るべし。若し徒(いたづら)に人を責むれば、只だ人の不是を見て、自己の非を見ず。若し能く己に反れば、方に自己に許多の未だ盡さざる處有るを見ん。奚ぞ人を責むるに暇あらんや。舜の能く象の傲を化せるは、其の機括は只だ是れ象の不是を見ざればなり。若し舜只だ他の姦悪を正さんと要(せ)ば、就(すなは)ち象の不是を見ん。象は是れ傲人(ごうじん)なれば、必ず相下るを肯(がえん)ぜず。如何ぞ他を感化せん、と。是の友感懐す。曰く、你(なんじ)今後只だ去いて人の是非を論ず要(べ)からず。凡そ人を責瓣せんとする時に當っては、就ち一件の大己私(だいこし)と把り做して、克ち去けば方に可なり、と。『伝習録』456

 ある一人の友人は、何時も怒りっぽくて人の欠点をよく責める癖があった。先生彼を警めて曰く、「学問するには自己を反省することが大切である。もし徒に人を責めていると、人のよくないところだけが見えて、自分の欠点は見えないものである。反対にもし自己をよく反省すると、自分に多くの至らぬ点のあることが見えて来るので、どうして人を責めている暇などあろう。昔、舜は弟の象の傲慢をうまく感化したが、その秘訣は、ただ象のよくないとろを見ない事にあったのだ。もし舜が象の姦悪を矯正しようとして、象のよくない点だけを注意していたら、象は傲慢な男だから、必ず舜に従うことをしなかったに違いない。もし象が初めから反抗的に出たなら、たとい舜でもどうして彼を感化し得たであろうか。」この友人は、先生のこの言葉に深く後悔した。そこで先生曰く、「君はこれから他人の善し悪しを批評することはやめたがよい。もし他人を責めたく思ったら、それを一つの大きな私欲と見なして、克服して行くようにすればよいであろう。」

 【コメント】学問をする人は自らを反省することが大事であるとは至言だと思います。学びながら、自らをたえず客観視しながら、更に更に広く深く学びたいものです。しかしそれは、人に誇るものであってはならないと思いますし、自らの人生をより豊かに装飾するものでありたいものです。

 西日本豪雨被害の死者が200人近くなりました。そして初夏となり気温は上がりっぱなしで熱中症の人も多く出るのではないかと憂慮されます。

 今回の対策については、野戦の指揮官的な人の案が良いと思われます。出来れば天の怒りを買わないよう人間が謙虚にならなければならないのですが、と思います。

-----------------
『啓発録』--志を立つ---7

 故に先づ我が知識聊かにても開け候はば、篤と我が心に計り、吾が向ふ所、為す所をさだめ、その上にて師に就き友に謀り、吾が及ばず足らはぬ処を補ひ、その極め置きたる処に心を定めて、必ず多端に流れて、多岐亡羊の失なからんこと、願はしく候。

 〔訳〕それゆえ、物事を分別する方が少しでもついてきたら、まず自分自身で将来の目標と、それを達成するための方法を、しっかりと考え定め、その上で先生の意見を聞いたり友人に相談するなどして、自分の力の及ばぬ部分を補い、そうして決定したところを一筋に心に刻み込んで、行動を起こさねばならない。

------------
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 事は時有りて當に過ぐべし。 | トップ | 孝子の親に喪するや、 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ブログ」カテゴリの最新記事