旧 日々道草

2004.11~2014.9 ブログ  大野博美

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池袋モンパルナスのアトリエ住宅

2014-05-06 21:28:54 | アート・文化
新宿歴史博物館主催の「落合から池袋モンパルナスへ 芸術家の軌跡をたどる ーアトリエめぐりー」に参加してきました。
中村彝アトリエ記念館、佐伯祐三アトリエ記念館を巡り、長崎神社を通って、ギャラリーいがらしの「池袋モンパルナス展」を見て(長沢節先生の絵も一枚出てた!)…最後、池袋モンパルナスと呼ばれるアトリエ村のひとつ、さくらが丘パルテノンの、昭和11年に作られた原型をとどめる最後のアトリエ、西田宏道アトリエへ。

西田宏道(ひろじ)さん、セツ先生ご存命の頃のセツモードセミナー出身者なら誰でもご存知の、あの、事務所の西田さんです。
西田さんが一人でずっと絵を描いておられたの、私は知りませんでした。
生前、絵を発表した事はないのだそうです。セツの中でも発表されてませんでしたよね。
亡くなられてから、ギャラリーいがらしと、北海道で遺作展があったようです。

昭和11年築という古くて小さなアトリエ住宅、そのまま手を加えず(外壁は傷んだのか補強してある所がありました)にずっと長い間、93歳で亡くなった2012年まで、一人で住んでおられたそうで、室内、特にアトリエの調度品はそのまま残っていました。
普段は公開されていないそうです。写真をあげておきます。

外観
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入って左、玄関脇の小さな台所

Dscf1485_2

入って右、六畳くらい?南側の窓に面した居住スペース

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アトリエ中心のテーブルに画集、パレットと筆

Dscf1473

イーゼルには、セツでおなじみの箱になって紙を持ち歩ける画板。よく画鋲止めるところは穴が開いてました。

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アトリエの高い天井と北向きの天窓。あの角に飾ってある絵は…。

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なんと若き日の長沢節肖像画です!昭和十年代(セツ先生もアトリエ村におられた頃)に描かれたものらしいです。

Dscf1474
当時、セツ先生のお宅にはセツ先生の描いた西田宏道肖像画が飾られていたと、ギャラリーいがらしのご主人談。


あと、アトリエ内に展示されていた西田宏道作品を(あまり撮れなかったので少しだけ)
Dscf1478

Dscf1482

よく沿線の風景を描きに出かけられていたそうです。

私が通っていた頃のセツの事務室ではよくお姿を見かけて、紙を買う時くらいしか会話した記憶もないですが、もの静かで背の高い、カッコいいおじさんだなあという印象だけ残ってます。
どんな方か全然知りませんでした。
古い小さなアトリエ住宅で、一人で絵を描き続けた人生ってどんなだったんだろうなと。
ご不便もご苦労もあったとは思いますが、なんだかうらやましいような気持でその暮しを想像してしまいます。
これからまとめて作品を見られる機会が、またいつかあったらいいなと思います。








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2 コメント

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はじめまして。 (Hikasa)
2014-05-23 09:02:20
はじめまして。
おそらくご一緒に見学会に参加しました者です。
FBのご縁を通じて、ブログ拝見させていただきました。
皆さんが、「絵を描いていたとは知らなかった」と言っていらっしゃることに私の方が驚いています。
存じ上げなかった私ですが、西田さんという方の人生を思いはせるような気持になっています。
もしよろしければ、FBにブログをご紹介してもよろしいでしょうか。
Hikasaさん、コメントありがとうございます。 (大の)
2014-05-23 21:11:54
Hikasaさん、コメントありがとうございます。
そうでしたか、参加されてたんですね。肌寒い日でしたけど楽しかったですね。

どうぞ、こんなまとめでよろしければご紹介ください。

そうなんです。
西田さんは、ずっとセツモードセミナーの職員として働いていらして、でも、たぶん生徒の誰も、西田さんがずっと絵を描いている事は知らなかったと思います。

絵の学校ですし、発表する機会も沢山あったはずなんですが、あえてそれをせずに、ずっと黙って働いていらしたんだなあと。
あの古いアトリエのストイックな佇まいといい、何を思っていたのか、どんな人生だったのか、と興味が湧いて来ますね。

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