釜山より愛をこめて ~From Busan with LOVE~ 

釜山での珍生活の日々・韓国についてをつづります。
日本・韓国両国の友人たちに愛をこめて♪

ヨロブン アンニョンハセヨ♪

ようこそおいで下さいました。 このブログは2006年から2009年の3年間、韓国・釜山での生活の記録、そして、その後の韓国訪問を中心に書いています。自分の記録としてまとめていますので、かなり古い記事もUPされていますが、このブログが日韓相互の理解と友好の一端になればと思います。 なお、このブログの文章・画像の無断転載・使用は一切禁止しております。

最後のシメはカンジャンケジャン!/珍島物語’09

2013年04月21日 | 珍島・木浦 観光
みなさま、お久しぶりですやっと仕事にめどが付いてきました。少しずつブログ再開します。 前回からいったいどれだけの距離を朴さんに運転させているのよ~~やっと釜山に到着!2009年3月29日朴さんの運転で釜山に戻る一行車中では疲れから寝てしまう人、持ち帰った焼き魚をつまみに飲んでいる人、それぞれリラックス。ごめんね~~。朴さん。一人で長距離運転させて。高層道路を通っていくと、隣には観光バスが何台か走 . . . 本文を読む

木浦市場でお昼ご飯~木浦の街灯はカオリ付き?/珍島物語’09

2013年03月25日 | 珍島・木浦 観光
2009年 3月29日木浦の観光を終え、お昼ご飯を食べることにした一行。木浦ならではの物を食べたいっ!と市場にやってきた。さすが木浦。海産物のお店がずら~~~り♪お昼時なのでお客さんも多く、活気がある。と、街並みをキョロキョロしていたらこんなのを発見何かわかる?街灯なのだけれど、ここ木浦はエイ(カオリ)が有名なので、エイをかたどった飾りが街灯に付いている。こんな感じ↓なんだかちょっと不気 . . . 本文を読む

木浦文化院 旧日本領事館/珍島物語’09

2013年03月24日 | 珍島・木浦 観光
2009年 3月29日近代歴史館に引き続き、木浦文化院へGOこちらは赤煉瓦の壁のレトロな洋館だ。1900年に建てられたものだそうだ。20世紀の韓国の歴史、そして21世紀の発展を見守ってきた建物と言える。もともとは王朝末期に日本領事館として建てられ、その後、木浦市庁、図書館などとして使われ、現在は木浦出身の女性作家の作品を展示してあるそうだ。残念ながら、この時は改修工事中で、足場が組まれており、全体 . . . 本文を読む

近代歴史館 旧東洋拓殖会社/珍島物語’09

2013年03月23日 | 珍島・木浦 観光
2009年 3月29日 カフェでお茶した後は、すぐそばにある近代歴史館を見学。コンクリート造りの大正時代の香りがする建物だ。もともとは東洋拓殖会社だったところだ。歴史的なことは詳しく知らないのだけれど、辞書で東洋拓殖会社を引いてみると次のように書かれている。  【東洋拓殖会社】 三省堂「大辞林」朝鮮における農業拓殖事業を主とする植民地政策遂行のための国策会社。1908年(明治41 . . . 本文を読む

日本人住宅跡はオサレ♪なカフェになってました/珍島物語’09

2013年03月22日 | 珍島・木浦 観光
2009年 3月29日儒達山を下りて、木浦の街中をぶらぶらしながら街ウォッチング。古い物にはなっているが、所々に日本の住宅跡がある。なつかし~い昭和初期の感じ。その中の一軒がこちら。日本式の造りをそのまま生かしながら現代風のカフェになっていた。これは入ってみるしかないでしょ!中はこんな感じ、とってもレトロ思ったり広い感じがしましたよ。ここは2階席でコーヒーをいただきました。お昼時にはランチも食べら . . . 本文を読む

まずは儒達山(ユダルサン)を見学。大砲もあったよ/珍島物語’09

2013年03月21日 | 珍島・木浦 観光
2009年 3月29日木浦(モッポ)は黄海に向かって開けた港町。古くは中国大陸と日本を結ぶ中継点として様々な品物が交易されたそうだ。また、日本統治時代には大陸への連絡港として多くの日本人が居住していたのだそうだ。そのため、街の中には日本人住宅跡や旧日本人領事館など、日本の匂いがするところがあちこちにある。韓国内だとKORALの終点なのでソウルからKTXで行くことができる。所要時間は約3時間。空港も . . . 本文を読む

木浦(モッポ)へGO!/珍島物語’09

2013年03月20日 | 珍島・木浦 観光
2009年3月29日 海割れを堪能した後は珍島の中心街にあるモーテルに宿泊。“中心街”と言っても、そこは珍島。釜山とは比べものにならないほど静かで暗い(笑)夕飯に何を食べるか?といろいろ店を見たけれど、やっぱり海産物がいいだろうってことで、ヘムルタンを食べる。釜山でならば、この後、ノレバンでも行って大騒ぎになるところだけれど、静かな田舎町。旅の疲れも出ているので、ここは早 . . . 本文を読む

珍島 神秘の海割れ 終章/珍島物語’09

2013年03月19日 | 珍島・木浦 観光
2009年 3月28日 海割れに満足し、瀧口さんに長靴まで借りてすっかりお世話になった私たち一行に、瀧口さんがこんな提案をしてくださった。「日本人観光客をこれから車に乗せて、海割れが見える高台まで行って、そのあとバス停まで送るんですが、一緒にどうですか?」そんなの行くに決まってる!と二つ返事。瀧口さんの車の後ろについていく。そこがココ↓まだ、道ができているのが見える。高台なので . . . 本文を読む

珍島 神秘の海割れ 本編/珍島物語’09

2013年03月18日 | 珍島・木浦 観光
2009年 3月ポジャンマジャで一杯、やりながら今か今かと待っていた。何度目かに海に目をやると…をを~~っ!海の中に線が見えてきたっ!あそこに道ができるのね~~さらに時間が経つと道がはっきりしてきた。早く渡らなければ!なのだけれど、これはまだ向こう岸の方で、全部はつながっていない。ずいぶん潮は引いてきたけれど、まだまだ深い部分があるので、渡ってはいけないと放送もされていた。 さて、 . . . 本文を読む

珍島 神秘の海割れ 序章/珍島物語’09

2013年03月15日 | 珍島・木浦 観光
2009年 3月雲林山房をあとにし、いよいよ海割れの場所、回洞へ。この回洞(희동 フェドン)から対岸の茅島(モド 모도)までが潮が引いて道ができるのだ。「韓国版モーゼの奇跡」と言われている。天童よしみさんが「珍島物語」という曲で、ここのことを歌ったのがヒットしたため日本人観光客がかなり多いそうだ。潮が引いて道ができるのはだいたい1時間くらいの . . . 本文を読む

ヨン様も来たことがある雲林山房 うんりんさんばん/珍島物語’09

2013年03月14日 | 珍島・木浦 観光
2009年3月28日海割れが起きるまでの間、観光をということで、雲林山房(운림산방 ウンリンサンバン)へGO!この雲林山房というのは朝鮮後期の有名な画家、許維(1809-1892)が帰郷して晩年をすごした場所なのだそうだ。 雲林山房という名前は、尖察山に連なる峰の中の深い山間に、早朝と夕方に立ち込める霧が、まるで雲の林のように見えることから付 . . . 本文を読む

珍島に到着&珍島犬のお出迎え/珍島物語’09

2013年03月13日 | 珍島・木浦 観光
2009年3月28日 お昼ご飯を食べた後は一路、珍島へGO!一般国道を走るので、結構な時間がかかっている。距離的には、昼食を食べたところが3分の2くらい来たところだと思うのだけれど。珍島は名前の通り、島なので本土とは橋で結ばれている。その橋を渡ったところに観光案内所があるというので、そこで道を尋ねるために一旦停止。そこから珍島大橋の写真を撮影。海の幅はそれほどではないのだけれど、流れが強くて、こ . . . 本文を読む

この魚は何?さすがの在住者も初めてでビックリ/珍島物語’09

2013年03月12日 | 珍島・木浦 観光
2009年 3月28日集合場所に指定してあったコモドホテルを9時に出発。朴さんの運転するワゴン車は、高速道路を西へと向かう。珍島に向かう途中までは高速道路が使えるが、光陽あたりから一般国道を走るしかないのだそうだ。途中で休憩を入れながら到着まで6時間ほどかかる予定だ。ガイドを務めてくれた朴さんは、とっても元気なアジョシ紹介してくれたSさんから「とにかく任せておけば大丈夫!」というお墨付きをもらった . . . 本文を読む

♪珍島物語のはじまりは…/珍島物語’09

2013年03月11日 | 珍島・木浦 観光
2009年 3月完全帰国の準備をしながら、仕事の引き継ぎ、送別会への出席、ファッションショーへの参加と連日、忙しい毎日の合間をぬって、画策していたのは天童よしみさんの歌♪海が割れるのよ~♪でご存じの珍島への旅。3年間の釜山生活の間に韓国内の旅行はいろいろ行ったけれど、西の方角(全羅南道)って釜山から行きにくいんだよね~。直通のKTXもないし。もともと“韓国にいるうちに一度は珍島の海割れ . . . 本文を読む