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2018年の2月18日から2月26日までの約1週間、アメリカ合衆国サウスダコタ州ヒルシティにある化石会社のブラックヒルズ地質学研究所 (Black Hills Institute of Geological Research, Inc. 略してBHI)でボランティアワークを行ってきました!
私の仕事内容は、BHIの商品の中でも世界的に売れているティラノサウルス・レックス Tyrannosaurus rex のスタン Stan(標本番号: BHI 3033)の全身骨格のレプリカを作成する事と、角竜類のスピクリぺウス・シッポルム Spiclypeus shipporum の頭骨(CMN 57081)レプリカを展示室の壁に飾る事でした。
BHIのスタッフさんは全員とても親切な方々でしたが、中でも社長のピーター・ラーソンさん Mr. Peter Lars Larson(1952-)は非常に協力的な方で、仕事の合間に空き時間が出来ると直ぐに、化石の展示室や収蔵庫に私を案内してくれました。
そんなブラックヒルズ地質学研究所での1週間で観察した実物化石やレプリカを、展示室編と収蔵庫編に分けてピックアップしていきます!
ティラノサウルス・レックス Tyrannosaurus rex スタン Stan [BHI 3033(実物込み)]
1987年にアマチュアの古生物学者であるスタン・サクリソンがサウスダコタ州ハーディング郡バッファローからほど近い牧場内のヘルクリーク層で発見し、1992年の4月14日から5月7日、1993年、2003年にかけてBHIの発掘チームが発掘した、BHIにとっては有名なスー Sueに続いて2頭目に発掘したT. rexです(Larson, 2008)。
前述の通り世界中にレプリカが売られており、日本では国立科学博物館・福井県立恐竜博物館・北九州市立いのちのたび博物館や恐竜展でレプリカを見られます。
私たち哺乳類の下顎の骨は歯骨 dentaryのみで構成されていますが、恐竜を含む「爬虫類」の下顎は歯骨を含めた複数の骨で構成されており、スタンの場合はその中でも右関節骨 right articularと左鉤状骨 left coronoid以外の骨が揃った頭骨を含めた190個の骨が発見されています(Larson, 2008)。4枚目の展示パネルに載っている骨格図は、発掘されたスタンの骨を茶色で示している図ですので、実際にどの骨が残っていたのかを、図と骨格を見比べながらちゃんと確認出来ます。
また、私が撮影したこのスタンの全身骨格は頭骨・肩帯・前肢・右大腿骨・骨盤以外はほぼ実骨を組んである為、世界でもこのBHIでしか見られない骨格です。
スタンの全身骨格のすぐ横に目を向けると、これまた世界でここだけしか見られない、スタンの実物の頭骨が展示されています。
スタンに限らず、恐竜の実物頭骨は重かったり壊れ易かったりするのとそれ自体が貴重な化石資料である為、全身骨格とは別に展示されます。
スタンの産状図に載っている通り、スタンの頭骨を構成する骨はそれぞれがバラバラの状態で発掘されましたが、先述した様にその殆どが残っていた為にティラノサウルス・レックスの頭骨についての研究に大きく貢献する研究材料となりました。とは言っても、下顎の骨には多少欠けている個所もあるので、スタンで欠けている個所は他のT. rexを参考にしてみてください。
私が興味津々に観察していると、ピーターさんが「この実物頭骨の展示は少し複雑で、左側は実物を、右側は右側の骨のキャスト(複製)をそれぞれ組み上げて展示しているんだよ。」と説明し、実物頭骨のすぐ横にある棚に展示されている右上顎骨 right maxillaを紹介してくれました。それ以外の右側の頭骨の実物は収蔵庫に保管しているとの事です。
また、スタンの歯の数はそれぞれ【前上顎骨歯 premaxillary teeth:左右共に4、上顎骨歯 maxillary teeth:左右共に11、歯骨歯 dentary teeth:左右共に13】となっています(Larson, 2013)。
この歯の数の話は後々出てくる話題に関する重要な情報ですのでお楽しみに!
さて、スタンの様に成長したティラノサウルスと言えど、動物である以上、病気や怪我は避けられません。
恐竜を含めた古生物の病気や怪我を化石の痕跡から研究する学問を古病理学 Paleopathologyと言いますが、獣脚類の中でもティラノサウルス科の恐竜は古病理学的研究が割かし進んでいるグループです。これまで様々な個体を対象にした研究が行われましたが、スタンの古病理学に関する研究は2001年に発行された日本の恐竜情報誌『ディノプレス』に掲載されています。
T. rexの頸椎 cervical vertebrae、いわゆる首の骨の数は人間よりも多い10個(人間は7個)ですが、
スタンの頸椎を観察すると第4-第5頸椎が癒合し、脊椎同士を繋ぐ突起である右第6後関節突起には異常な伸長が見られ、第5、第6、第7頸肋骨 cervical ribと第6頸椎の前関節突起は細菌感染によってただれています。この首の病変は骨折と血腫を含む外傷が原因とされていますが、実はスタンの頭骨の内、首の筋肉が付着する頭頂骨 parietalの左側の一部は欠けている上に約30㎜の穴が開いていて治癒した痕が確認されています。この頭頂骨の傷は他のT. rexに噛まれた際に出来たとされ、頭頂骨に見られる傷と首の病変とが関連付けられる可能性も示唆されました(Larson, 2001)。
余談ですが、国立科学博物館のスタンの全身骨格を固定するワイヤーロープの内の1本はこの頭頂骨の傷穴に通されています。
スタンの肩帯 pectoral girdleと前肢 forelimbは発見されていませんが、叉骨 furculaはバッキー Bucky(元BHI 4960→TCM 2001.90.1)のキャスト、前肢はスーをベースにしてスタン用に作り変えた物を取り付けているとの事です。というわけで、スーの右前肢のレプリカも一緒に載せてみました。スーの前肢の方が"がっしり"としているのが見て取れると思います。
スタンの骨盤 pelvisの内、恥骨 pubisの遠位部(体幹からより離れている部)にあるピュービック・ブーツ Pubic bootと坐骨 ischiumの遠位部は風化していた為に発見されていませんが、
ピーターさんが「この全身骨格の骨盤は1995年に東京の池袋で開催された恐竜博の展示に間に合わせるために、本来のスタンの物ではなくて、隣に展示されているワンケル Wankel; The Nation's T. rex(元MOR 555→USNM 555000)の骨盤のキャストを使用して組み立てたんだ。スタン自身の骨盤のクリーニングは1996年に終わったから、次にこのスタンを組み立て直す時はスタン本来の骨盤を組み立てるよ。」と説明し、展示室の裏にある保管室で実物のスタンの腸骨 iliumと仙椎 sacrumを見せてくれました。
スタンの後肢 hindlimbについては、先述の通り左大腿骨 left femur、左右の脛骨 tibia(複数形:tibiae)、左の腓骨 left fibulaは実物が組まれていますが、発見されなかった右大腿骨は骨盤と同様にワンケルのキャストを組んでいるとの事です。また足の甲の骨である中足骨 metatarsalは左側の第2-第4中足骨が発見されている為、ティラノサウルス科等のコエルロサウルス類の中足骨に見られるアルクトメタターサル構造 Arctometatarsalian conditionをしっかりと観察する事が出来ます。
尾に関してはスタンもそうなのですが、最初から最後までの尾椎 caudal vertebraeや尾椎の下に付く血道弓 chevronが綺麗に揃ったT. rexは未だに発見されておらず、スタンの尾椎については31個発見されています。2008年の研究ではT. rexの尾椎の数を44個、血道弓の数を40から42本に見積もった上で、血道弓の数は尾椎の数次第であるので正確な数は分からない(Larson, 2008)、としています。
今回はブラックヒルズ地質学研究所のレポート第1弾として、BHIの目玉でもあるスタンの実物に関する記述をしてみましたが、いかがでしたでしょうか?
まだまだ興味深い化石資料が出てきますので、次回も乞うご期待!!
参考文献 References
・Larson, N.L., 2008. One Hundred Years of Tyrannosaurus rex: The Skeletons. In: Larson, P.L., and Carpenter, K.,(eds.), Tyrannosaurus rex, the Tyrant King. Bloomington, Indiana: Indiana University Press, 1-55.
・Larson, P.L., 2013. The case for Nanotyrannus. In: Parrish, J.M., Molnar, R.A., Currie, P.J., Koppelhus, E.B.,(eds.), Tyrannosaurid Paleobiology. Bloomington, Indiana: Indiana University Press, 15-53.
・Larson, P.L., 2001. Paleopathologies in Tyrannosaurus rex(ティラノサウルス・レックスの病理学). DinoPress: Dinosaurs, Pterosaurs, Marine Reptiles and Extinct Animals『ディノプレス』, 5: 26-37.