尺八工房まつもと 松本浩和

★ 尺八を制作・演奏しております松本浩和の活動情報 ★

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『番ねずみのヤカちゃん』

2012年04月19日 | 
番ねずみのヤカちゃん (世界傑作童話シリーズ)
クリエーター情報なし
福音館書店


リチャード・ウィルパーさく
松岡享子やく
大社玲子え


「ヤカちゃん」という、ねずみの話。

変わった名前ですよね、ヤカちゃん。

なんでヤカちゃんかというと、、、「やかましやのヤカちゃん」なんです。

やかましいねずみってなんだろう、、、って感じでもありますが。。

ちなみに原題は「LOUD MOUSE」って、、更にそんままやん。。


それはさておき、、、

ねずみって、必ず昔話には出てきますし、身近な動物だったんでしょうね。

けっして、可愛がられる訳ではないのですが、憎めない存在でもあるのでしょうか、、
ねずみシンパシーな話も少なくない。

ミッキーマウスっていう、世界最大級の人気者ねずみもいるくらい。

でも、やっぱり、実際には、ねずみって有難がられない。。

このヤカちゃん一家(お父さん、お母さんと、子どもたち4人で、ヤカちゃんは末っ子、、)も、居候している「ドドさんの家」では、気付かれないように、気付かれないように、、静か~にしている。

お母さんが、歌にして、子どもたちに、ねずみ捕りが仕掛けられているチーズのかじり方とか、天敵のネコの見分け方とか、教えてる。


そろそろ、子どもたちも、大きくなったので、自分たちで、外(お家の中、、)へ行って、食べ物を探してくることに。

だけども、、「やかまし屋」のヤカちゃんは、ソ~ットしなきゃいけないのに、、つい大きな声を出してしまって、、、

そんなつもりではなかったのだけど、、ヤカちゃんの大声が「ドドさん」のお役に立ってしまった。

いつの間にか、嫌がられていた、ねずみが、「番ねずみ」になる、ってお話です。


子どもたちに読み聞かせ、、お母さんが歌にするところで、即興でメロディーを付けたら、子どもたちも、喜んだり、子守唄になって寝たり。

あえていうと(って言わなくても良さそうですが、、)、、、これも、ヤカちゃんの生来の声の大きさが、功を奏して、嫌がられ存在が、出世(?)するお話ですね。

自分の生まれながらの特性をうまく活かすことが、自分を活かす道なんですね~~~。
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レオ=レオニ『コーネリアス』

2012年04月19日 | 
コーネリアス―たってあるいた わにの はなし
クリエーター情報なし
好学社


レオ=レオニの絵本です。

谷川俊太郎さんの訳。


ご覧の通り二本足で立って歩く、変わり者のワニ、コーネリアス。

お釈迦様じゃないですけど、生まれた時から、二本足で立って歩いてた。

立ってると、腹ばいよりは、よく遠くが見渡せる。

仲間のワニにそんな事を言っても、「へえ、それで?」と全く無関心。

そこで出て行った。

外の世界で、サルと出会い、さらなる技を習得(笑)

再び、仲間に見せるために帰ったところ、、、

ラストはコーネリアスも思いがけない、仲間ワニたちの意外な行動。


生来出来ること、
努力して出来ること、
それを実行すること、
仲間を増やすこと、、、

とにかく自分がやって行く。

その中で周りがどう変化するか?


って、、そんな教訓めいたお話ではなくって、、素敵な絵で綴られた、楽しいお話です。
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子どもの心のコーチング―一人で考え、一人でできる子の育て方

2010年12月08日 | 
子どもの心のコーチング―一人で考え、一人でできる子の育て方 (PHP文庫)
菅原 裕子
PHP研究所



最近『コーチング』という言葉を良く目にするようになりました。

『ティーチング』を対義語として考えるなら、こちらは教える側が知っている事を「教える」

『コーチング』はコーチされる側が、自分で気づいて行く事を「助ける」

と、考える事が出来るでしょうか。

この本を眺めてみると、例えば子どもに責任感を持たせるために「朝、子どもを起こさない」というものがあります。

これはある意味、簡単な事です。

何しろ、親の側は何もする事が無いのですから!

最初に、子どもに『起こさない』ということを告げる。

あとは、子どもが自分で起きられるように、目覚まし時計を与えたり、起きやすい状況(早寝するとか、朝自然の光が当たるようにするとか、、)を調えたりするだけです。

多分これが一番難しいのかもしれませんが、最後は「親が我慢する」ということなのでしょう。

結局のところ、子どもが自立する、というのは、その前提に、親が自立する、ということがあるように思います。

その事を親に促すのが、結局は子どもの自立を促す、ということなのでしょう。

なるほどと思わされる一説でした。
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『シマフクロウとサケ』

2010年12月02日 | 
シマフクロウとサケ (日本傑作絵本シリーズ)
宇梶 静江
福音館書店


アイヌのカムイユカラ(神謠)から宇梶静江さんが再話し、『古布絵』という『古い布とアイヌの伝統の刺繍』で作られた『絵本』です。

『フムフムカト フムフムカト』(シマフクロウの静かに鳴くときの声音を表しているそうです)

この言葉とともに、物語は、アイヌの世界で『村の守り神』とされている『シマフクロウ』が退屈して、住んでいる山を下り、浜へ降りてくるところから始まります。

これまた『神の魚』と言われている『サケ』の群れが、川を上ってきました。

先頭のサケは《尊い(とおとい)》存在として大きな目玉の『シマフクロウ』を敬いますが、最後にやって来たサケたちは、、、

シマフクロウは取り出した『銀のひしゃく(シロカネピサック)』と『金のひしゃく(コンカネピサック)』で海の水をスッカリ汲み上げてしまう、というダイナミックな場面があり、盛り上がります。

それにしても、銀=シロカネ、金=コンカネ、と日本語とアイヌ語は似ている、というよりこれに関しては、方言レベルで同じですね。

何か、頭で考えたり、理解することとは別の次元で、大きな物事が進んでいく、そんなことを感じさせられる物語のようにも思います。

またアイヌの文様をあしらった、宇梶さんの古布絵も美しく、見応えがあります。

また随所に、アイヌ語がカタカナで書かれているのですが、それを発音すると、正しいかどうかは、分かりませんが、何か一つの歴史に触れる思いがします。

ことば、またそれを声に出す、というのは不思議なことです。

いろんなことを考えさせられる、一冊です。

著者の宇梶静江さんは、北海道生まれ、20代で上京し、今は千葉県にお住まいだそうです。
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『三びきのやぎのがらがらどん』

2010年12月01日 | 
三びきのやぎのがらがらどん―ノルウェーの昔話 (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)
マーシャ・ブラウン (イラスト), せた ていじ (翻訳)
福音館書店


有名な絵本だと思いますが、まずタイトルにもある『がらがらどん』というのが面白いです。

『がらがらどん』というのは羊の名前で、何故か、三びきに共通の名前です。

ノルウェーの昔話から構成された話の英訳本から、瀬田貞二(せたていじ)さんが訳したものですが、

原題は"The Three Billy Goats Gruff"

なので、直訳すると『三びきの雄ヤギのガラガラ声』という所でしょうか。

そのガラガラ声を『がらがらどん』と訳したところに、まずは本を手に取って、何だろう? と興味を魅かれます。

その三びきの『がらがらどん』たちが『やまの くさばで ふとろうと』山へ行く所から物語は始まります。

この『ふとろうと』とひらがななのが、また訳のミソですし、最後の『落ち』にもつながります。

その行く途中に『トロル』という大きな化け物が橋の下に住んでいるのですが、三びきが橋を渡ろうとするたびに、食べるぞぉ!! とおどかします。

物語にはお約束とも言える三度の繰り返しが、これまたこのお話のミソですが、、、

さてどのように成りまする、やら。。。

『がらがらどん』というガラガラ声をそのまま名前にしたように、読み手にとっても、とても読み応えのあるお話です。

最後のカタカナ三語は、ブラックな落としのようにも思います。

落語にしても、面白いかもしれませんね。
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水上勉『虚竹の笛 尺八私考』

2010年02月09日 | 
先日、両国の工房に吹き合わせに来てくださった方が、この水上勉さんの著書を置いて行ってくださいました。
2001年発行なので、もう9年前の作品ですが、発売当初、題名に惹かれ手には取ってみましたが、読む事無くそのままになっておりました。

読み始めてみると先ず尺八制作に関する記述が。
いわゆる地無し管の作り方に関する事(手孔の内側を大きく削るとか)や、結構専門的なことも書かれてあって、面白いですね。

普通は水牛の角や象牙を嵌める歌口に、貝殻を嵌めて漆喰で固める、というような方法を書いてありますが、これは知らないし、見た事もありません。
本当にあるのでしょうか。
うまく出来れば、螺鈿の様できれいだと思いますが。

また読み進めて感想を書いてみたいと思います。
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九鬼周造『小唄のレコード』

2010年02月05日 | 
九鬼周造の短文『小唄のレコード』と言うものを見つけました。

短い文章ですが、何やら考えさせられます。

「無の深淵の上に壊れやすい仮小屋を建てて住んでいる人間たちなのだと感じた」
「私は端唄や小唄を聞くと全人格を根柢から震撼するとでもいうような迫力を感じることが多い」
「ただ情感の世界にだけ住みたいという気持になる」


成瀬無極と言う方は初めて知った名前の方ですが、調べるとドイツ文学者で京都帝国大学教授。
九鬼周造とは同僚と言う事でしょうか。

『神陵史によると成瀬無極氏は明治41年から三高の教授としてドイツ語を教え、大正9年京都帝国大学に転じ、ドイツ文学を講じた。無極は号で、本名は清であった。文芸、演劇に造形深く、自らセリフを朗読するのを好んだが、そのうまさは玄人はだしであったという。この無極の朗読熱心の影響か三高の、後の語学教授には、セリフ朗読の上手が多かったという。私が昭和21年の紀念祭で紹介したヤマシュウの朗読を聴けたのもこのおかげであろう。』

『「シュトルム・ウント・ドラング」を「疾風怒濤」と訳した人とも言われる』とか。
実は今日、しきりにこの言葉が気になり、繰り返し思っていました。
普段思い出す言葉でもないし、不思議です。


以下青空文庫より全文
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
小唄のレコード

九鬼周造

 林芙美子(はやしふみこ)女史が北京の旅の帰りに京都へ寄った。秋の夜だった。成瀬無極(なるせむきょく)氏と一緒に私の家へ見えた。日本の対支外交や排日問題などについて意見を述べたり、英米の対支文化事業や支那(シナ)女性の現代的覚醒(かくせい)を驚嘆していた。支那の陶器の話も出た。何かの拍子に女史が小唄が好きだといったので、小唄のレコードをかけて三人で聴いた。
「小唄を聴いているとなんにもどうでもかまわないという気になってしまう」
と女史がいった。私はその言葉に心の底から共鳴して、
「私もほんとうにそのとおりに思う。こういうものを聴くとなにもどうでもよくなる」
といった。すると無極氏は喜びを満面にあらわして、
「今まであなたはそういうことをいわなかったではないか」
と私に詰(なじ)るようにいった。その瞬間に三人とも一緒に瞼(まぶた)を熱くして三人の眼から涙がにじみ出たのを私は感じた。男がつい口に出して言わないことを林さんが正直に言ってくれたのだ。無極氏は、
「我々がふだん苦にしていることなどはみんなつまらないことばかりなのだ」
といって感慨を押え切れないように、立って部屋の内をぐるぐる歩き出した。林さんは黙ってじっと下を向いていた。私はここにいる三人はみな無の深淵の上に壊れやすい仮小屋を建てて住んでいる人間たちなのだと感じた。

 私は端唄や小唄を聞くと全人格を根柢から震撼するとでもいうような迫力を感じることが多い。肉声で聴く場合には色々の煩(わずら)わしさが伴ってかえって心の沈潜が妨げられることがあるが、レコードは旋律だけの純粋な領域をつくってくれるのでその中へ魂が丸裸で飛び込むことができる。私は端唄や小唄を聴いていると、自分に属して価値あるように思われていたあれだのこれだのを悉(ことごと)く失ってもいささかも惜しくないという気持になる。ただ情感の世界にだけ住みたいという気持になる。

「どうせこの世は水の流れか空ゆく雲か……」

Avalanche, veux-tu m'emporter dans ta chute ?
〔雪崩よ、汝が落下の裡(うち)に我を連れよかし〕
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東京都立日比谷図書館、閉館

2009年09月12日 | 
都心のオアシスと言われている日比谷公園。
その一画にある、三角の形をしたユニークな建物の日比谷図書館に久しぶりに行きました。

日比谷図書館、上から見ると

ところが閉まっており、さらに閉館との張り紙。

3館ある東京都立図書館のひとつだったのですが、今年3月に閉館して、老朽化した建物を整備し、千代田区立図書館として、再出発するそうです。
平成23年の開館との事なので、しばらく閉まったままの様です。

この図書館には古くからの膨大なレコード資料があり、ときどきLPレコードを借りておりました。

資料は16ミリフィルム以外は、建物ごと千代田区に移管されるそうですが、引き続き利用出来る事を期待しております。

ところで、千代田区立図書館と言いますと、九段下に新しく出来た新区役所の9、10階に千代田図書館が入りました。
夜10時まで開いていたり、とても便利な図書館です。

そこに移る前は、ごく近くの旧区役所に入っており、皇居堀側で美しい風景が印象的な図書館でした。
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「生きて、織って、老いた・糸の詩人、志村ふくみの世界」

2009年08月25日 | 
本好きの人なれば、誰しもそうであろうかと思いますが、通りかかれば、必ず入ってしまう本屋があります。
本屋によって配置や品揃えの特徴があるので、「この系統の本を探すのであれば、あの本屋がいい」というのがあって、本屋ごとに見る場所が決まってきます。
そういう意味では、私は何でもそろっていることを良しとする、数フロアーにもわたる大きな本屋は苦手です。
よりどりみどりでかえって本に巡り会えなかったりします。

そんな通りかかれば、いつも寄り道する本屋で見かけた、染織家、志村ふくみさんを特集した、この日発売の季刊「銀花」2009年秋・第百五十九号

ぱらぱらめくるに、久しぶりに見る志村ふくみさんの織り物に、写真ながらも思わずくらくらしてしまいました。

自然の精髄が志村ふくみさんを触媒に変質、結晶化したようなその作品です。
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村上春樹氏の「1Q84」とヤナーチェック

2009年06月13日 | 
ヤナーチェクという私の大好きな作曲家がおります。

一昨日程、調べものをしていましたら、今売れに売れていると話題になっている、村上春樹氏の新作小説で、ヤナーチェクの代表曲と目される「シンフォニエッタ」が冒頭で登場するそうです。
(村上氏はヤナーチェックと表記しているそうですが、ヤナーチェクが日本では一般的です。氏の好みがあるのでしょうが)

そのおかげで「シンフォニエッタ」のCDが飛ぶ様に売れているそうです。

私は村上氏の小説は永いこと読んでおらず、小説というジャンル自体を読むのを止めて久しいです。
本は大好きなのでいつも携えておりますが。

ヤナーチェクはモラヴィアという生まれた地を生涯生き詰め、そのローカル性によって独自性を極めて行った様に私には思われます。
とても鋭く甘くない厳しい音楽です。
それでいて甘美なのですが。

演奏会で必ずしも取り上げられる機会の多くない彼の作品が、これを機に舞台に上がることが増えれば楽しいですね。
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