ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

文観(38) 天満大池(1)・天満大池は、鎌倉時代の築造か?

2020-10-03 09:05:10 | 文観(もんかん)

  またまた話題は、新井用水から飛びます。天満大池(加古郡稲美町)の話です。ここでも、西大寺農業技術集団・文観が登場します。

     天満大池は、鎌倉時代の築造か?

 『稲美町史』より、国安天満宮の沿革をみておきます。

 国安天満宮(稲美町国安)のは白雉(はくち)4年(653)、王子権現という錫杖地蔵を勧請して創建され、その場所は、国安東で、現在の天満神社のお旅所でした。

 寛平5年(893)社殿を今の地に移し、天満大池は、白鳳3年(675)に築造したとしています。

 そして、永禄8年(1565)6月、本社を再建し、この時に主神を天満天神(菅原道真)としました。 

 ざっと、以上のようです。

     池大神

 「天満大池は、白鳳3年(675)に築造」に注目ください。

 天満大池は、白鳳の頃には築かれたというのです。 

 もちろん、白鳳時代にも池(原天満大池)はあった想像されるのですが、規模は小さく、天満大池につながるような池ではなかったでしょう。そんな進んだ技術はありません。

 現在の天満大池につながる池の築造・改築は、もう少し後の時代としなければなりません。

 結論を先に紹介しておきましょう。鎌倉時代です。

 最近の研究では、先にみた、加古川市の五ヶ井用水の時代、つまり文観の時代にさかのぼるとしています。

 ここでも文観・西大寺が登場します。(no5106

 *写真:現在の天満大池

 

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