ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

三宅周太郎さんのこと(31) 豊沢団平さんのこと:余話二題

2019-01-23 08:09:29 | 三宅周太郎さんのこと

          団平さんのこと:余話二題

 この辺で「三宅周太郎さんのこと」を追えますが、最後に余話を二つばかり付け加えておきます。

   その1:「豊沢団平生誕之地」の碑は残っていた

 たしかに団平さんの碑があったことを覚えています。

 場所も覚えています。

 だれかが、「むかし団平さんという人いて、その人はここで生まれたんや・・・」と教えてくれたからです。

 いつ・だれに聞いたかすっかり忘れました。

 その碑は小さな碑でした。

 文楽の研究家の「三宅周太郎さんのこと」を連載しながら、気になっていました。

 21日(月)の午後、その場所に出かけることにしました。

 場所は、加古川中央公民館の玄関から寺家町商店街への道があますが、商店街の道の10㍍ぐらい手前の左(西側)です。

 「もう50年以上前に見た小さな石碑ですから、もうないだろう・・・」とダメ元で出かけたのです。

 が、なんとあったではありませんか。感激でした。

 今は駐車場になっており少しだけ移動しているようでした。フェンス沿いにありました。

 団平さんの影を見つけました。

 はっきりと「豊沢団平生誕之地」(写真)と読めます。

    その2:幻の「団平羊羹」のこと

 団平について思い出がもう一つあります。

 小学生の時でした。たしか「団平羊羹」がありました。

 味は忘れたが、「ダンペイ」という言葉の不思議な響きが残っています。

 もちろん、その当時は「ダンペイ」が人の名前だとは知りませんでした。

 今も団平羊羹は製造されているのでしょうか。

 あったら、団平羊羹を食べながら、『一の糸(有吉佐和子)』を、もう一度読み返したい・・・(no4615)

 *写真:「豊沢団平生誕之地」の碑

 ◇きのう(1/22)の散歩(11.162歩)

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