ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

お爺さんが語る郷土の歴史(295) 近世の加印地域 高砂篇(93)、工楽松右衛門と高田屋嘉兵衛(43)・拡がる湊

2018-10-16 08:13:09 | お爺さんが語る郷土の歴史

 

     高砂湊の修築(4)  

               拡がる湊

 松右衛門は、川口番所から浜新田の東側沿いに580(1050メートル)の波戸道(はとみち)を築き、その先端部分の川口に「東風請(こちうけ)波戸」と「一文字波戸」を、巨石を台形に整形した磐礫(いしがき)で築いて波除けとしました。

 なお、波戸とは海岸から海中につきださせて、石で築いた構築物をいいます。

 そして、波戸道と波除けの間を、船を係留する湊として整えたのです。

 また波戸道の突端には台場を作り、灯籠を設けて船の出入の便をはかりました。

 波戸道等を図で確かめて下さい。

 川口番所から灯籠への波戸・一文字・東風請明は松右衛門の工事によるものです。

 その他の着色の波戸は、二代目・三代目の松右衛門の工事による高砂湊の施設です。(no4521

 *地図:『高砂市史(第二巻)・通史近世編』(p440)より作成

 ◇きのう(10/15)の散歩(12.788歩)

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 加古川の味、かつめし(47... | トップ | お爺さんが語る郷土の歴史(... »

コメントを投稿