時宗の衰え
鎌倉時代・室町時代、一遍の教えは踊りとともに、民衆の中に爆発的に広がりました。
野口念仏 は、一遍の亡き後も時宗の踊念仏はますます民衆に広がっていました。
教信寺の踊念仏は、一遍が亡なった34 年後の元亨三年(1323)、一遍上人の門弟湛阿(たんあ)が、広く念仏者を集めて教信寺で7日間の念仏踊りを行いました。
これが、野口大念仏の始まりだといわれています。
しかし、現在、一遍の「時宗」は衰退して、ほとんどその活動を見ることができません。
それは、江戸時代の檀家制度によるものです。
檀家制度は、檀家を持たず信者をつくっていた時宗にとっては大打撃でした。
それでも、野口念仏は地域のお祭りとして賑わいました。
が、最近の「ねんぶったん」は、昔と比べるとずいぶん寂しくなったそうです。(no3798)
*写真:念仏踊り(インターネットより)









