ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

大河・かこがわ(94) 平安時代(5) 教信(寺)の話(5)・時宗の衰え

2019-11-17 08:46:09 | 大河・かこがわ

         時宗の衰え

 鎌倉時代・室町時代、一遍の教えは踊りとともに、民衆の中に爆発的に広がりました。

 野口念仏 は、一遍の亡き後も時宗の踊念仏はますます民衆に広がっていました。

 教信寺の踊念仏は、一遍が亡なった34 年後の元亨三年(1323)、一遍上人の門弟湛阿(たんあ)が、広く念仏者を集めて教信寺で7日間の念仏踊りを行いました。

 これが、野口大念仏の始まりだといわれています。

 しかし、現在、一遍の「時宗」は衰退して、ほとんどその活動を見ることができません。

 それは、江戸時代の檀家制度によるものです。

 檀家制度は、檀家を持たず信者をつくっていた時宗にとっては大打撃でした。

 それでも、野口念仏は地域のお祭りとして賑わいました。

 が、最近の「ねんぶったん」は、昔と比べるとずいぶん寂しくなったそうです。(no3798)

 *写真:念仏踊り(インターネットより)

コメント   この記事についてブログを書く
« 大河・かこがわ(93) 平... | トップ | 大河・かこがわ(95) 平... »

コメントを投稿