ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

神野町探訪:鈎橋駅

2007-09-19 08:36:15 |  ・加古川市神野町

1fe82ea9   播州鉄道(現:JR加古川線)は、大正2年に加古川~西脇間で開業した。

  その後、経営不振に陥り、大正12年「播丹鉄道」に引き継いだ。

  かつて、この鉄道に鈎橋駅(つりはしえき)があった。

  曇川の河口部(★印)のすぐ北で、地図で赤く塗った所が、鈎橋駅のあった場所である。

◇釣橋駅について(ウィキペディアより)

  大正 5年10月21日  鈎橋駅開業

      10年 5月  9日  釣橋駅の旅客営業廃止

  昭和  6年 2月 9日 (貨)釣橋駅を停留場に格下げ

     12年 3月24日 (貨)釣橋停留場を駅に格上げ

     18年 6月 1日  (貨)釣橋駅廃止_068_1   

  鈎橋駅について、『加古のながれ』は、次のように説明している。

   ・・・・鈎橋停留場に関しては「加古川西岸、印南郡平荘村地方トハ交通上至便ノ地ニシテ、多年同地方ノ希望モ有之、且ツ加古川砂利採集上極メテ適当ナルヲ以テ」設置したという史料が残っています。

  播州鉄道の線路保守に、加古川河川敷の砂利は欠かせないものであったらしく、神野村役場文書にもその採取認可記録や現場見取り図などが残っている。・・・

 先日、神野橋を歩いていると、「鈎橋」の文字を見つけた。

  曇川に架かる神野橋はその昔、鈎橋(吊橋)であったのかもしれない。

*『加古の流れ』(加古川市史編さん室)参照

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1 コメント

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釣橋がなくなりました (あまのっち)
2018-09-25 15:02:46
ひろかず先生こんにちは。
曇側排水機場工事(2016年8月完成)に伴い、「釣橋」がなくなりました。
分かりにくかったですが、当記事の頃は「釣橋」は存在しており、北から「釣橋」→「神野橋」と続いていました。
昔の人はここから釣りをしていたのだろうか?と考えたりしていました。
「神野橋」は現存しますが、「釣橋」は写真の標識だけが残っています。

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