ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

三宅周太郎さんのこと(20) 余話、三宅周太郎の遺稿、姫路文学館に

2019-01-12 08:45:25 | 三宅周太郎さんのこと

 2018年7月11日の神戸新聞に「演劇評論家・三宅周太郎の遺稿、加古川の男性寄贈、姫路文学館に」のタイトルで大きく報じられました。

 今日の「ひろかずのブログ」は余話として神戸新聞の記事を転載させていただきました。

   余話として

     三宅周太郎の遺稿、姫路文学館に

 歌舞伎や文楽を鋭い視点で批評した兵庫県加古川市出身の演劇評論家、三宅周太郎(1892-1967年)の遺稿を、所有者の黒田泰雄さん(83)=加古川市:写真上=が近く、姫路文学館(姫路市山野井町)に寄贈する。直筆原稿11点や、故郷への思いを記した色紙など4点。「播磨が生んだ文化人の足跡を、後世に伝えたい」と話している。(本田純一)

 三宅は加古川町寺家町に生まれた。子どもの頃から古典演劇に親しみ、慶応大在学中から批評を発表。その後、新聞や雑誌などで執筆を続けた。1958年に紫綬褒章、64年には菊池寛賞を受け、加古川で初の名誉市民になった。著書に「文楽の研究」「演劇巡礼」などがある。

 黒田さんは2006年まで寺家町で画廊を営み、地域文化の振興に尽くしてきた。三宅と面識はなかったが、99年、東京の古書入札会で偶然、原稿を見つけた。「加古川にとって貴重な財産。地元に残したい」と落札し、随時市内で公開してきた。

 「海老蔵・梅幸の『十六夜清心』」「前進座の江戸歌舞伎」など11編。明治座(東京)の演劇教室用に書かれたとみられる原稿もある。「私の観劇五十年のメモは、半分以上戦災や疎開でなくしてしまった」という記述もあった。

 ある歌舞伎の一場面を「一種のホームドラマ」と例え、役者の演出を「モダンボーイ式」と表現した。黒田さんは「分かりやすい文章で歌舞伎の裾野を広げようとしていた」と話す。

 色紙には「永遠に 芸能の地たれ 加古川の市」としたためられている。「地元の文化人を大切にしてほしいという思いがあったのでは」と黒田さん。

 松風ギャラリー(加古川市野口町良野)の岩坂純一郎館長(69)は「三宅の直筆原稿が、まとまって保存されているのは珍しい。筆跡から人となりが生き生きと伝わり、興味深い」と評価。姫路文学館は「原稿を詳しく調べ、一般公開できたら」としている。(no4503)

◇きのう(1/11)の散歩(10.916歩)

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