秋田県内で暮らす山大好き自然大好きな方と話をしていてしばしば話題になることがある。
冬になるので、山はお休み!
冬は何もないし、花も咲かないし・・・・
もったいない話だと思うようになった。
まして、私の住む地域の里山は、12月から3月までおよそ1年の3分の1は雪に覆われる。
これでは、1年の3分の1は全く山に行かないことになる(雪が多い地域では、1年の半分かもしれない)。
確かに、普通に考えたらたとえ近くの里山でも冬は行こうとは思わないかもしれない。
かくいう私も以前はそうだった。
冬は、室内で水泳やジョギングなどでトレーニング、野外ではせいぜいスキーだった。
それがどうだろう。
100パーセント安全だという保証はないが、安全や装備に気を付ける、無理な所にはいかないという点を守るなら、冬は冬での楽しみがあることを知るようになった。
では楽しみとは何か?
あえて3つを挙げる。
①冬ならではの景観
②冬芽観察
③アニマルトラッキング
である。
冬ならではの景観の楽しみには理由がある。
それは、広葉樹の葉がすっかり落ち、その間から見える風景である。
例えば、葉が生い茂る季節は、遠くの景色にしろ近くの植物にしろ見えにくい。
それが葉を落とせば別の景色が広がる。
驚くほどの変化である。
冬芽については、樹木が大好きな知り合いとこんな話をしたことがある。
「冬になれば葉を落とすし、花も咲かない。何もないな。」
私はすぐに反応した。
「冬芽の観察がありますよ。」
知り合いは一瞬驚いた表情を見せた。
確かに冬芽は難しいし、花と比べたら地味な姿だ。
それでもわかってくれば多様な世界に見える。
例えば、コブシやタムシバなどのモクレン科。
花芽は大きく毛に覆われている。
触ってみるとふさふさで触り心地がよい。
まるでコートのようだ。
実際、春が近づくにつれてまるでコートを脱ぐように毛が見えなくなり中からは葉や花が現れる。
さらに、葉痕といって葉が枯れ落ちた後の姿がおもしろい。
種の違いによっては、まるで動物か人の顔に見えてくるから不思議だ。
葉痕をモチーフとした絵本も出ているので小さな子どもがいる場合は、併せて観察するときっと興味を持つに違いない。
例えば、オニグルミの葉痕は、猿か羊の顔のように見えてくるのでおもしろい。
また、エゴノキやハクウンボクのように冬芽が主芽だけでなく予備芽を持っているものがある。
これは、主芽に何かあった場合、例えば動物などに食べられた場合に予備芽が生きる。
まるで、保険でもかけているかのごとく用意周到なので感心してしまう。
さらに、しばしば子どもたちにも触れてもらうトチノキの冬芽。
べたつくというほどのねばねば感がある。
詳しいことは、わかっていないようだが、昆虫たちの食害から守るためのねばねばの樹脂であるとか寒さから守るためだと考えられている。
葉をたっぷり付けているときにはわかりにくいのだが、冬場は1年間で枝がどれだけ伸びたかがわかる時期でもある。
すなわち、枝の年度の境目となる芽鱗が落ちた痕、芽鱗痕を境目にして枝先側がこの1年間で伸びた枝、また、幹側が前の1年間で伸びた部分と判断できる。
哺乳類や野鳥などのフィールドでのサインを探し、動物の行動を探ろうとするアニマルトラッキングができるのも冬の自然観察の楽しみだ。
雪上では、足跡や糞が残る。
また、足跡の動きからどちらの方向に向かったのか急いでいたのかなどの行動も読み取れる。
最近は、イノシシが秋田にも入り、雪上を歩く姿も見られるようになった。
イノシシかどうかの足跡は、蹄という点では同じだが、副蹄というものが発達しておりそれは雪上の足跡にも残る。
枝や幹を見れば、食痕やこすり痕がわかる。
ノウサギは、鋭利な刃物で切ったような食痕を残すし、ニホンリスは松ぼっくりをまるでエビフライのような形で残す。
ニホンジカやニホンカモシカは、上あごに前歯がない。
そのため、草や小枝を食いちぎった跡は、植物の一部に繊維が残る。
ウサギ類と比べて雑な食べ方という印象を受ける。
こすり痕は、ニホンジカやニホンカモシカの角研ぎ跡はわかりやすい。
ニホンカモシカは角が高い位置にないので、比較的低い位置に見られる。
糞に至っては、枝先などでかたまりを寄せていくとどんな食べ物を食べていたかが予想できる。
これは、まさに便学ならぬ勉学だ。
最後は、おまけの話だ。
やはり低山とはいえ、冬山を歩けばたっぷり汗をかく。
その後の温泉は格別だ。
できればアルコールもといきたいところだが、こちらは自宅に帰ってからにしよう。

