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ヒロちゃんの独り言

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「義経三貫桜」への道

2024-11-23 06:43:33 | 日記

真人山から北方向の倉刈沢を通り、男亀森方面へ向かったところに「義経三貫桜」という一本の桜の木がある。
今からおよそ1000年も前のこと、兄の頼朝に終われ、義経一行が立ち寄ったという伝説の桜である。
当時は、まだソメイヨシノという桜の品種は生まれておらず、いわゆる山桜の一種だが、オオヤマザクラである。
あくまでも伝説の桜なのだが、江戸時代後期の旅行家であり、本草学者であった菅江真澄が実際、この地を訪れた際、氏の著作「雪の出羽路」で次のように記している。
以下、概略である。

義経一行が兄の頼朝に追われ、平泉へ逃げていく途中、この場所に立ち寄った。
そこには見事な山桜が咲いていたので、弁慶が大きめの枝をもぎ取ってきた。
そこに、よぼよぼの老人が現れ、
「この桜は私が自分の身と同じように大事にしているもの。なんと心のない人がいるのだろう。」
と杖を振りながら悲しんだ。
義経は、何回も謝った末、三貫文を差し出し、許してもらった。
この後、老人が去った崖に登ってみると、三貫文は桜の枝に、折った木も桜の木の股にかかっていた。
驚いて、義経に話したところ、それは神霊だったろうということになり、一行は身の毛の立つ思いをしながら平泉へ向かった。
それから、この桜が三貫桜とも銭掛桜ととも言われるようになったということである。
※詳しくは、桜の木のわきの標柱に記されている。

いかにも伝説らしいが、ありそうな話でもある。
神霊はともかく義経が逃げていくコースは、この周辺だったろうし、このコースに続く東成瀬から平泉方面に向かう「仙北道」は、坂上田村麻呂以来の都から通じる古道だからだ。
こんなことを想像するのも歴史のロマンが感じられ、楽しい。
なお、現在あるこの桜は、1988年(昭和63年)に、旧増田町が植栽したものである。

ところが、これほどロマンある話を秘めながら、「義経三貫桜」は、あまり知られていない。
そのうえ、それがどこにあるのかさえ、わからないのではないだろうか。
そこで、なんとか地元住民を含め、「義経三貫桜」をめぐるツアーを行いたいと考えた。
できれば、桜が満開の頃が良いのではと思い、昨年4月の終わりに計画を立てた。
主催者は、秋田市のプラザクリプトンと秋田県森林インストラクター会である。
参加は、広く県民に募集してもらったし、案内は県内の森林インストラクターに呼び掛けた。。
残念なことに、昨年は、すでに花が散っており、再度今年挑戦することに。
当日は、満開の桜を参加者、森林インストラクターとサポーター含め、50人近い方と共に愛でることができた。

ただ、問題点があった。
この場所に行くには、リンゴ畑の私有地を通るか笹薮やつる植物が絡む道を通らなければならないことだ。
今年の春は、3回ほど一人で鎌を持ち、笹薮を払ってみた。
私のやることだ、大した刈払いにはならなかったが、それでもこの道を通って案内することができた。

一方、今年、秋田県より「守りたい秋田の里地里山50」に男亀森含む真人山地域が認定され、里山の整備や地域住民との交流など活性化事業に助成金もいただけることになった。
早速、仲間にも相談し、まずは里山整備からということで目を付けたのはこちらの「義経三貫桜」への道である。
作業当日は、貴重な休日であるにも関わらず、事業主体者である増田ネイチャークラブの仲間4人が集まった。
手に刈り払い機や鎌を持ちながら、作業を進めた。
道は、笹薮やクズなどのつる植物それに低木がふさいでいる。
それを人一人は楽に通れるように道を作っていくのだ。
幸い、この日は予想を覆し、途中お日様も見られる良好な天気となった。
緩い斜面を上りながらの作業のため、汗も落ちる。
それでも作業を続けること3時間弱。
やはり4人の力は大きい。
ゴールとなるオオヤマザクラの前では、標柱がある菅江真澄の記載に見入った。
それから記念となる写真を撮った。
作業が終わり町内の食堂で4人遅い昼食を取る。
稲庭うどんとその後に食したソフトクリームは格別な味となった。
お互い、来年の桜の時期を想像しながらのひと時であった。


自然体験塾そして本との出会いから~ある保護者の感想より~

2024-11-15 06:00:22 | 日記

とにかく子どもたちに自然体験をさせたいとの思いから始めた「釣りキチ三平の里自然体験塾」も4年目をほぼ終えようとしている。
また、同じ思いで書いた著書も発行から4年が過ぎた。
たっぷり豊かな自然環境に恵まれた子どもたちでも否恵まれているからこそあまりに当たり前過ぎて自然離れが進んでいるという現実に直面し、何とかしたいという思いが先走って、思うように活動が進まないこともあった。
参加者の数も延べ人数にしてみると4年間で600人は超える(7年間続けてきたわくわく科学工房や4年間続けてきた森っこ倶楽部主催の親子自然観察会を入れると1000名は超えるようだ)が、数値の割には、必ずしもその存在が知られていないのではという思いにかられる。
なぜなら、講演会で体験塾のことを聞いても名前を知らない方が少なくないからだ。
実際、時に参加者数が、5人にも満たず、これは実施する意味があるのかという迷いにつながることもあった。
それでも新聞や市報それにラジオといったメディアの協力を得ながら参加を呼び掛けた。
同時に、ちょうど4年前からコロナ禍に当たってしまった。
参加を申し込んでいても
「コロナにかかったから参加できなくなった」
あるいは「コロナが心配で参加できない」との連絡も入った。
ちょうどコロナが収まった翌年(昨年)は、熊(ツキノワグマ)騒動である。
熊がいるところには、子どもを連れて行けないとの声も聞いた。
自然体験の内容も試行錯誤の連続であった。
ただの散策と自然観察だけに終わらないようあれこれプログラムを考えてみた。
ただし、フィールドは、いわゆる観光地ではなく身近な里山の自然である。
身近な里山から川にも入ることにした。
川のありのままの自然を感じ、川の中に生息する魚や水生昆虫を探すためだ。
滝めぐりでは、滝つぼに見られるサワガニやキタオウシュウサンショウウオなど生き物探しに多くの時間を充てた。
春の自然観察では、まだ雪が融けたばかりの三平の里の釣り堀池でイモリ(アカハライモリ)探しをした。
体験塾の参加対象も1年目は子どもだけ、2年目以降は親子でも高学年なら子どもだけの参加もどちらでも良いことにした。
こうした順風満帆とはいえない体験塾で後押してしてくれたのは、主催者の力が大きかったが、なんといっても参加してくれる保護者や子どもの声である。
ちょうど先日、体験塾に参加し、併せて著書を読んでくれた保護者の方から感想をいただいた。
承諾を得たので紹介したい。

 
先生の著書、読ませていただきました。
土曜日は夜にスポ少の練習もあったので日曜日にゆっくり読もうと思っていたのですが、ペラペラと見たら面白くて結局最後まで読み終わりました✨
どのお話も面白く共感もさせていただき、読後はいいお話に出会えた充実感でいっぱいになりました。
子どもたちの自然の中での感性は大人の常識の中では無い、通り過ぎてしまった世界観なのですね、きっと。そういった感性も思うままにやってみるその好奇心も、改めて無くしたくない感覚だと思いました。
自然の中で生き物が子孫を残し強く生きていく姿はその生き物個々で自然と身について親から子へと伝わっていく、私たち人間は目まぐるしく変わる時代の変化に上手く合わせながら「親が」「先生が」言うことを信じたり信じなかったりしながら生活がどんどん変わっていく、どちらも間違いではないと思いますが、時代の流れに合わせて生き方が変わっていく人間は大変なのかな、とか思ったりもしました。
いろんなことをちゃんと見ることができる視点を無くさずに子どもにもいろんなことを教えていけるように、そんな親でありたいと改めて強く思いました
とても素敵な本に出会えました。
去年の4月自然体験塾のチラシを見て子供を誘った自分の判断を心から褒めたいと思います。
あの時の自分、エライ!
素敵な出会いに繋がる糸を掴んで先生と出会えて、真人山や狙半内川などの県南の自然に出会えて、本当に良かったです。
これからも親子共々よろしくお願いします


まだ、相変わらずの試行錯誤と迷う日々は続きそうであるが、保護者からの声に励まされながら少しでも前に進んでいきたい。
そして、何よりも参加した子どもが確かに変わってきたという現実は、これまでの苦労を忘れさせるものとなっている。
毎回のように参加してくれる子どものいきいきとした表情や姿が何よりも大きな励みとなっているのだ。