
まもなく2024年も終わろうとしている。
しばしば著名な方は、今年1年を表す漢字一文字を発表されているが、私にはそんな才がないし、表し切れない。
それほど私にとっては、日々激動ともいえる時間であった。
それでも思い出に残る時間をあえて3つに絞るとしたら次のことになるだろうか。
〇カンボジアの小学生に理科の授業を行う
〇一生に一度しかいただけない賞を2つもいただく
〇60年以上実家であり続けた自宅と別れる
カンボジアは初の訪問であり、そもそもは好奇心だけで足を運んだようなものであったが、実際行ってみて驚いた。
貧困の中で暮らしているはずの子どもたちがいきいきとしていたからである。
学校建設終了後、児童宅を家庭訪問し、そこで暮らす祖母から困っていることは何か?と聞いたら「貧困」と「医療支援」を挙げられていた。
そもそもこの国は内戦が終わってまだ20年余り。
地雷こそ村から撤去されたが、国境付近にはまだ存在するという。
地雷で足を失った方々の姿も見た。
疲弊した村には、まだ水道設備も教育施設も十分ではない。
学校は建築の最中なのだ。
それでも子どもたちは、学びたがっていた。
どんな知識にも飢えていた。
別れ際に集まっていた子どもたちが、気温35度の中、私たち一行を追いかけてきた姿が今も脳裏に焼き付く。
一生に一度しかいただけない賞とは、「環境大臣表彰(地域環境保全功労者賞)」であり「山下太郎地域文化奨励賞」である。
ただ、どちらも自分一人の力でいただけたとは思っていない。
多くの方の支えがあったし、推薦の力があったことは忘れてはならない。
そして、これら2つの授賞に関して、たくさんの方からお祝いのメッセージやお祝いの席を設けていただいた。
ただ、感謝するのみである。
さらに、いつかこの日が来るとは思っていたが、自分が生まれ、青年期まで両親と共に暮らしていた実家を離れることになった。
当初は、解体も考えていたが、あまりにその費用がかさみ、困難であることを知り、お譲りすることを模索していた。
幸い、こんな自宅でも引き受けたいという方の申し出があり、無事明け渡すことができた。
ただ、その片付けに半年間は、時間を作っては、毎日のように実家に通い、汗を流したことも忘れられない一コマである。
片付けの際、出てくる一つ一つの品がどれも子どものころからの思い出の品であり、両親との思い出の宝でもあった。
両親が遠くに旅立ち、早2年が過ぎようとしているが、実家との別れは両親との別れでもあり、胸が締め付けられそうでもある。
ただ、せめてもの実家本体を残したことは実家を通るたび、両親との懐かしい思い出を想起させるものだ。
この1年の活動を一覧表に起こしてみた。
自然体験活動のガイド、講演会、ワークショップは86日に及んだ(ただし、カタクリの会や秋田自然史研究会それに仙北道歩きや熊講座、森林インストラクターの研修会は入っていない)。
これに下見や打ち合わせそれに研修会を加えるとおよそ150日となる。
また、カンボジアでの体験それに東京に戻ってからの研修を加えると160日。
さらに、この1年で真人公園もしくは真人公園に通った日数は、リス調査(今年は20日)を含め、67日なので少なくとも3分の2は何かしらの活動をしていたことになる。
次に私が案内した方また講演などの話を聞いてくれた方は、延べ人数にして1890人。
ただし、およその数であるが、少なくとも1500人以上の方とはお会いしたことになるだろう。
あとは、番外編であるが、今年人生初のコロナにかかって自宅に1週間は閉じこもったこと、白内障手術で視力が以前のように回復したことも記憶としても残る。
また、映画はあまり見ていないのだが、大曲イオンで見た室井慎次の「敗れざる者」「生き続ける者」の2作品は心を強く動かされた。
また、私の推しである半崎美子さんのコンサートを弘前で初めて聞いた。
普段、CDで聞いていただけだったが、本当に人間的にもすばらしい方であると強く印象に残っている。
残念だったことは、読書冊数が近年になく少なかったこと。
いつもの年なら100冊ほどです!といえるのだが(これでも少ないと思う)、今年は69冊である(ただし、雑誌はのぞく)。
言い訳をするならば、白内障手術前には視力がかなり落ち、文字を目にするにもイライラ感が募っていた。
また、活動日数が増え、読書の時間を十分に確保できなかった。
読書の達人なら、どのようにして克服されているだろうか。
私の知り合いの方は、お風呂に入りながら本と向き合っているようだが・・・・私の場合、お風呂もさっさと入りあがるのでこれもまた難しそうだ。
いずれ、視力も回復したことだし、来年への課題としたい。
アッという間の1年だった。
自分の年齢も少しずつ古希に近づいている。
ということは、健康寿命に達するのも近いということだ。
ただ、寅さんの言葉を借りるまでもなく「人間生きていりゃそのうちいいことが何度となくあるさ。」である。
今年もたくさんの良き思い出もあった。
つい先日の市内小学校での講演会にも38年前に担任した児童がおり、現在は40代の母親になっている方も聞いてくれ、うれしい感想もいただいた。
まさに、長く生きていて良かった!と思える瞬間でもあった。
さて、来年はどんな年になるだろうか。
来年も新しい企画を仕掛けていくつもりだ。
ただ、これもまた自分に言い聞かせているのだが、未来を生きる子どもたちのためにもやってよかったと思える企画に仕上げていくことに変わりはない。
※秋田県南情報誌「まっちゅ」の「みんな集まれ!里山たんけん隊」に毎月連載中
月刊「理科教室」(メトロポリタンプレス発行)に、表紙写真ならびに目次写真毎月掲載中


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