チュエボーなチューボーのクラシック中ブログ

人生の半分を過去に生きることがクラシック音楽好きのサダメなんでしょうか?

チェリスト、ジョゼフ・ホルマン来日時の写真(1923年)

2018-11-24 00:10:18 | 来日した演奏家

『国際写真情報』1923年(大正12年)5月号の表紙を来日したオランダの名チェリスト、ジョゼフ・ホルマン(Joseph Hollmann, 1852-1926)が飾りました。


↑ 奥様と。おそらく、同年に竣工した旧帝国ホテル(ライト館)での撮影。

帝国ホテルでは、ホルマンはやはり来日中のフリッツ・クライスラーと10年ぶりに再会しています。


↑ やはり5月号より。

尚美学園大学芸術情報学部紀要第4号クラシック音楽文化 受容の変遷―外来演奏家によるコンサート史への一考察―(皆川弘至氏)によると、ホルマンは1923年4月8日には帝国ホテルで、5月26日には南葵楽堂(なんきがくどう、東京・麻布)でリサイタルを開催しています。

ちなみにピアノを弾いたウィリー・バルダス(Willy Bardas, 1887-1924)は同資料によると翌1924年5月24日にヴァイオリンのナタリー・ボシュコ(Nathalie Boshko Brown, 1893-1990)の東京・丸の内の報知講堂でのリサイタルにも伴奏者として登場していますが、その4ヶ月後の9月29日にベルリンで37歳の若さで亡くなっています。

↑ オランダWikipediaより。右後方の男性がバルダスか? 一番左はBurmesterという人かも。調べ中。

。。。情報を追加していきます。

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ペトルーシュカ日本初演と新交響楽団【現・N響】メンバー(1937年)

2018-10-22 20:36:53 | 日本初演

新交響楽団(現・N響)の機関誌『フィルハーモニー』1937年5月号を古本屋で100円で買ってきました。



↑いまでもN響のエンブレム??ペトルーシュカ日本初演(演奏会形式)の様子が載っています。



Wikipediaの記述を裏付けるように1937年4月21日、日比谷公会堂。

第178回定期、指揮はローゼンシュトック。

参考として同じ5月号と、若干メンバーが異なる4ヵ月前の新響のメンバー表を載せます。コンマスは日比野愛次。チェロに斎藤秀雄、ファゴットに上田仁。

↑ 1937年5月号

 

↑ 1937年1月号

 

↑ 1月号より。ローゼンシュトック、若っ。上から二つ目はファウスト交響曲上演の様子だそうです。

 
。。。戦前に火の鳥とハルサイの真ん中に位置する難曲を初演したローゼンシュトックと新響、先進的だと思います。

ザックリとした記事になってしまいました。情報を追加していきます。

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マーラー交響曲第8番「千人」とショパンの幻想即興曲

2018-10-03 21:04:05 | 何様クラシック

【2014年10月27日の記事に画像を追加しました】

第九合唱に入門してから少し経ちますが調子に乗って生意気にもマーラー千人も唄わせてもらってます。8番は一番好きじゃなかったのに一番好きになりました。

ところでマーラーの第1部、Kalmusの楽譜で練習番号13バス、Tu Paraclitus(守護者であるあなた?)ってどこかで聴いたことがあるメロディーだなーって思ったらショパンの幻想即興曲(作品66)でした。

↑ マーラー

↑ ショパン



どっちも4分の4拍子で「ソーラソドレミーソー」。最初と最後の「ソー」はマーラーではソプラノとアルトもやっています。

マーラーがショパンのメロディーを知らなかったとは到底思えないので何らかの意味を込めての引用なのでは?

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N響常任指揮者シュヒターのカラー写真(1962年)

2018-08-14 13:20:34 | 来日した演奏家

『藝術新潮』1962年4月号のステレオの広告にN響常任指揮者ヴィルヘルム・シュヒター(Wilhelm Schüchter, 1911-1974)が出ていました。カラー写真は初めて見ました。

↑ 真剣に楽譜を見ていますね(八王子方面のかた、ご指摘ありがとうございました。近々お礼に参ります)

佐野之彦著『N響80年全記録』によるとシュヒターはどんな小さなミスも許さない「鬼コーチ」で、容赦のない厳しさに恐れおののく楽員が大勢いたそうです。意地悪で人格にも大いに問題があったと。しかし締め上げられたN響は大きく成長したということです。

そんなシュヒターが素晴らしいと絶賛する日立ステレオ「シンフォニカ」(DPS-640)は広告宣伝とはいえ本当に良い音だったことでしょう。



ちなみにシュヒターが開いている楽譜はなんの曲でしょうか?後期ロマン派チックかも。

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小澤征爾と江戸京子の結婚式(1962年)

2018-08-10 09:21:50 | 日本の音楽家

『音楽の友』1962年3月号より小澤征爾さんと江戸京子さんの結婚披露宴のようすです。

1962年1月5日(金)、日比谷三井ビルディングにて。


↑ さすがの小澤さんも神妙そのもの。



↑ 媒酌は井上靖夫妻。

 


↑ 左は小澤さんのご両親、開作さんとさくらさん。

 


↑ 立食だったんですね。真ん中は当時の首相・池田勇人。新婦の父、江戸英雄のオンチをバラした。

 


↑ 幸せそう!



↑ ご学友達に囲まれた京子さん。



↑ 旧友たちの合唱団を指揮する小澤さん。

 


↑ 新婦と井口基成氏、柴田南雄氏。

 


↑ 左は式の進行を買って出た黛敏郎氏。演出は浅利慶太氏でした。

豪華メンバーですなー!1966年にお二人は離婚してしまいますが小澤さんの『私の履歴書』(日経新聞)にはこうあります。「離婚後も江戸英雄さんは僕のことを『息子だ』と言って、亡くなるまでかわいがってくれ、京子ちゃんとも後に良い友人に戻れた。」

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