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ブリームの謙虚さ

現代ギター誌4月号を読んでいて、興味深い記事に目がとまりました。
イギリスが生んだ20世紀ギター界の巨匠の一人、ジュリアン・ブリームのロング・インタビューです。
当然、この大物演奏家のこれまでの功績がたくさん紹介されていますが、インタビュアーとのやりとりの中で、現役時代に「弾けなかった」……正確には「初演を断念した」作品の話を、(きかれてもいないのに)自分からされ、「自分にはあのリズムは苦手で、みんなに迷惑をかけなくなかったので断念した。悲しかった」と告白されていました。長年クラシックギター界を引っ張ってみえたブリームの、きわめて人間的な部分に感じ入りました。この往年の演奏家の演奏を今また聴きなおしてみたくなりました。
実は今日、小さな小さなコンサートをひとつ終えました。
お客さんは直接お知らせした方とそのご家族ばかりで8名。
規模は小さいですが、「自分の勉強のため」という意味合いがあったので、プログラムは少々ハードで、前半にはバッハの通称「リュート組曲第1番」、後半にはジュリアーニの「大序曲」を入れました。どちらも、家で練習していると「若いころより弾けているぞ」という仕上がりでしたが、本番では、いつものコンサート以上に緊張してしまい、結局不本意な部分をたくさん作ってしまいました。なかなかこのパターンから抜け出ることができなく、悔しい限りです。
正直、こういうときは「ブログ(音楽日記)には、ふれないでおこう」と思うことが多いのですが、ブリームの謙虚さにふれ、記しておきました。
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四季の歌

今日は春分の日です。
季節の変わり目なので、ご存知「四季の歌」(荒木とよひさ作曲)をギターソロにアレンジしました(笑)。
実はこの曲のアレンジは、3~4年前に一度手がけています。
多少は私の勉強も進んでいるんでしょう、技術的なやさしさは、この時の譜面とあまり変わりませんが、今回の方がずっといい響きになりました。
前回はイ短調、今日のはホ短調(途中イ短調に転調)です。
「教室の生徒さんに弾いてもらえるように」というのが前提ですが、自分のコンサートでもアンコール・ピースにはなるでしょう。
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長めの爪で弾く

昨日の出張レッスン(鳥羽市浦村町)での話。
レッスン終了後、「何か聴かせて」と言われ、「歌の好きな生徒さんだから」ということで、自作「花は花はの変奏曲」と「かざってください この花を」を聴いてもらいました。が、弾き始めてすぐに「やけに右手指の爪が長いな」と感じました。
私はほとんど毎朝、サンドペーパーや皮を使って、爪の長さやかたち、そして表面を「概ね良好」という状態にまで整えてから練習にとりかかります。昨日もそうしました。でも何時間か経過し、夕方くらいになると、「何だか長くて弾きにくいな」と感じることが珍しくありません。医学的には、成長ホルモンの分泌の関係で、眠っているときの方がよく伸びるということらしいのですが、「伸びてきたな」という感覚は確かにあります。
(これは、「指が疲れてきたんだろう」ということなのかもしれません。)
つまりは、「朝、どれだけていねいに爪の長さを調整しても、いつもその状態で弾けるとは限らない」ということは言えそうです。で、今日は「それなら、あえて爪の手入れができていないままで弾くのにも慣れておいた方がいい」というわけで、少し長めの爪のままで練習しました。曲によっては確かに「少し弾きにくいな」と感じることはありますが、
それぞれの曲でそれを知っておくことは、本番での動揺を軽くする上で有効でしょう。
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同じ失敗を繰り返さぬよう

朝はどんよりと曇っていましたが、昼前あたりから天気は回復し、まるで初夏のように暖かい日となりました。
この冬、天気のいい日にそうしてきたように、日当たりのよいレッスン室に、コンサート用の自分の楽器を持ち込んで弾き始めたものの、さっぱり練習に集中できません。
気がつけば、身体中が汗ばんでいます。
「なんだかしんどいな。やっぱり、こんなに厚着をしていちゃ駄目か」
上着とベストを脱ぎましたが、それでも暑いです。かといって、まだ花粉が多く飛んでいると思われるので、窓を全開する気にはなりません。この季節に冷房を入れるのもどうかと思い、結局、自分の練習部屋(2F北側の部屋)に戻りました。
寒暖の差が大きかったこともありますが、どうも、この年になると、身体の体温調節が上手くいかなくなって困ります。でも、これも当然のこととして受け止め、練習環境を設定していくようにしないと、ただでさえ限られた時間と体力を浪費していくことにつながります。ま、同じような失敗を繰り返さないように心がけましょう。
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無理はできません

確定申告を出したので、実務からようやく開放されて、また練習に励めます……と言いたいところですが、実は、私のホームグラウンド、「伊勢市クラシックギターを楽しむ会」の会計決算(3月締め)が残っていまして、今日はこの作業に多くの時間を使いました。
会員の皆さんから厳しいおとがめを受けることはめったにありませんが、年度(半期で区切っています)ごとにきちんと整理していかないと、「赤字を出していることも知らずに、突っ走り続ける」という状態に陥ってしまいます。
本年度下半期(10月~3月)は、「収益金の一部をチャリティで」のかたちをとったコンサートを5回(うち4回は東日本大震災復興支援)開催しました。回数は多いですが、ひとつひとつの規模は、実にささやかなものです。
今期は、参加者数が見込みをやや下回った場合も、「このくらいは出せるだろう」とタカをくくって、決めた額(多くはありません)を義援金にまわしていたために、振り返ると、これが会の財政をいくらか圧迫してしまったようです。ここの部分をちゃんと総括して、今後の企画に反映させていく必要があります。
当面、「寄付金 ●●●円」と予算書に金額を明記する際、「参加費(あるいは純益)の●割程度」という文言を添えておこうと思います。義援金が減るのは、大震災から4年たった今も苦しんでみえる被災者の方々のことを考えると、申し訳ない気がしますが、無理を続けて活動が止まってしまったら何にもなりません。
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今いちど胸に刻み込む

「花は花はの変奏曲」は、よく知られたNHKの東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」(岩井俊二作詞、菅野よう子作曲)のメロディーの一部(ワンフレーズ)を素材にして、私が一昨年3月11日から約1ヶ月間かけて作ったギター独奏曲です。
今日は3月11日、東日本大震災からちょうど4年です。
4年たった今も、たくさんの方々が「被災」の真っただ中を必死で生きてみえます。
今いちど震災のことを胸の中にしっかり刻み込んでおきたいという思いをあらたにし、この曲をさらいなおしておくことにしましょう。
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慣れぬ会場で大きな経験

今日、私の家族の知人Kさんが主宰される会で、少し弾いてきました。お客さんは、Kさんの友人とそのまた友人……というあたりでしょうか。会場は、Kさんが週に何度か勤めてみえる、市内のとある喫茶店です。
「慣れない会場だから」ということで、最近よく弾いている曲から「大序曲」(ジュリアーニ)をはずしてもっていきました。冒頭はカルリの「モーツァルトの主題による変奏曲」です。
通常ですと余裕をもって弾き始められるはずのこの曲ですが、やはりステージは魔物です。ひどく緊張してしまい、調弦をしながら「まともに弾ける状態じゃないな」と思えてきました。
が、何とか思いなおしました。最近、私はこの曲のテーマの主旋律を、すべて薬指で弾いています。もちろん右手の話です。一般的には、八分音符が連続するところでは、人差し指と中指を交互に使う方が多いと思われますが、この冬、「指が冷えたときは、こちら(薬指)の方がよく弾けるな」ということを発見し、以来、「(冷えていない時でも)やさしいところでは、連続して薬指を使う」というのが、私の基本技術のひとつとなっています。
「この弾き方なら、少々緊張しても、とりあえず弾けるんじゃないかな」
そう思ったら少し落ち着いてきました。そして、テーマを大過なく弾き終えました。
第1変奏の右手は人差し指と中指の交互弾弦がたくさん出てきます。やはりこちらの方が弾きにくい気がしました。この時点で、「薬指の連続弾弦は、緊張した時にも使える」というのは、(私にとっての)確信に変わりました。
選曲作業の際に、こういうことを知っているのと知らないのとでは大変な違いがあります。単純な話、「主旋律を薬指ばかりで弾ける曲」で弾きはじめるように、プログラムを組んでいけば、「アガって全く弾けない」という、最悪の事態となる危険性がずいぶんと減るわけです。今日は、はじめての会場で大きな経験をしました。
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