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海外初心者

2009年03月02日 | 帰国後
帰国して思ったのが、アトランタ途中乗換えで親切だったのは「全部、黒人のおじさんだったんだ」です。

行きにホテルのバスが来ないで、数時間待ってた所を救ってくれたのも黒人男性。
帰り空港で、間違った所で並んでたオイラを誘導してくれたのも黒人男性。

アトランタの空港のハンバーガーショップで、人を見下したような眼、態度をしたのは、黒人女性。
アトランタのホテルで、もの凄く無愛想だったのも黒人女性。

アトランタの黒人は男性の方が親切という感想。


話変わって、グァテマラ初渡航者(海外旅行初心者)は最初は「ペンション田代」が無難ではないかなと思います^^

そこを拠点に、あっちゃこっちゃ行ってみて下さい。

でも、ペンション田代には、宿泊客主(ぬし)みたいな人間がいる。
見てると、この人と仲良くやってる人が多いから、おそらく俺は違う人なんだろう。

長期で居心地良い人にはいいし、短期で次に移動する人にはいい宿です^^
田代さんは、安定感のある人です☆


私事ですが、ブログ最初に書いた「S」ちゃんには、すでにアドレスを変えられてます^^; こないだ、誕生日メール送ったら、宛先不明で返ってきやがんの(笑)
















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その36:帰国へ

2008年09月04日 | グァテマラ:アンティグア
9月19日(月) 

すっごい美人の日本人とすれ違う。「ご美人で^^」と声をかけると、相手はニッコリ笑ってくれた。
こういう風にコミュニケーションがキレイにいくと嬉しいね

アンティグアでの購入最後のタバコはパヤソスではなくマルボロライトとなる。


9月20日(火)
朝、8時半に田代さんが約束どおり迎えに来てくれる。

車の中で、現地女性の性質について教えていただく。
田代さんによると、グァテマラの女性はプライドが高く、最初は必ず「No!」と言うとのこと。
長く信頼関係を築くことがとてもとても大事らしい。

アトランタ時間PM6:40着。
少し旅慣れたのか、アトランタの空港の職員さんがとても親切に感じた

来る時に泊まった「ラマダイン アトランタエアポートサウス」がやたらキレイに感じた。これも余裕なのかな?
別のホテルに感じたもの^^; 往きは汚く感じたもん。

そういえば、アンティグアから空港までの道のりで、田代さんが「来年あたり、また来てくださいね」と言ってくれた。
「俺には社交辞令は通じないですよ。ホンマに来ますよ」と答えたら、「いいですよ(笑)」と仰ってくれた^^
田代さんには「感謝!^^」

将来、好きな相手と来れたら、とてつもなく幸せだけどね☆ 本物のケツァールを一緒に見たい。 

その機会が来るのかは、わからないけどさ。来る準備はしておくさ!^^

田代様。行く機会ができたら、断らず泊めてくださいね^^




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その35:切れました^^;

2008年06月18日 | グァテマラ:アンティグア
2005年 9月17日(土)
日記にあったこと。その当時付けていた日記をそのままUPします。

『道を歩いていたら、観光用の馬車に乗った外国人(追記:国籍不明、成り上がり風欧米人かグァテマラ人)にすれ違いざまに「ヘーイ、チノ(よー、中国人)」とからかい気味に声をかけられる。
普段余裕のある時なら無視して捨てておけるのだけど、今日は帰国前の不安ですごくイライラしてたので「おんどれ、しばいたろか!降りて来い(日本語)」と怒鳴り、タバコを馬車に投げつけてもう一回手招きして「来いや(日本語)」と言ったが相手は降りて来ず。根性無しめが。

警察沙汰は絶対嫌なので(スペイン語でこちらの正当性を主張するだけの語学力がない~~)そこで止めたが、後味が悪い。

それを見ていたグァテマラ人のおじさんが「相手の名前は?水飲んで落ち着け」となだめてくれた。
中国人に間違えられたのが腹が立った訳ではなく、乗り物に集団で乗って、からかってきたことに腹が立った。
1対1でかかって来いってんだ。

あー、疲れた。
東洋人をなめるな!
今日のは精神的正当防衛。
ちなみに本日は完全にシラフだ。』



☆無事、帰れるか不安だったんでしょうね^^;
画像は在庫切れです。

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その34:少しだけ、とぶくすり(5月17日若干編集)

2008年05月12日 | グァテマラ:アンティグア
パナハッチェルは、当時の日記に「人懐っこい人が多く、楽しかった」とあるので気分良く過ごしていたんだろうと思う。

またまた、アンティグアのホテルパンチョイに戻ってきました。
なんやかんや言ってもここはとても落ち着く場所だ。

宿のエステラおばちゃんも感じが良いし。 商売はシビアだけど。

感じが良い例:モンテリコに行く時、予約していたシャトルが予定時間を30分過ぎても来ず「あれ?」と思ってた時、シャトルの会社に「どうなってるの?」と電話してくれた
んで、無事シャトルが来るまで一緒にフロントで待っていてくれた→これは嬉しかった^^
商売シビア例:冷蔵庫の中の有料ドリンク(ビール、ジュース)を飲むと、掃除の時にしっかりとチェックして、お金をすごい真剣な顔をして請求してくる
まあ、当たり前って言っちゃあ当たり前なんだけどね。

でもこれも「しっかり者」な証拠で、良いことだと思う。


9月10日(土)にラ・アウロラ空港(グァテマラシティ)に帰国便の変更に行く。
9:00にシャトルにてパンチョイ発。10:00空港着。
10:30手続き完了。

さて、帰りのシャトルが14:30発なので、4時間も空港をブラブラ時間を潰すことになる。そんなに買いたいモノや食べたいモノがないので難儀する。
飛行機が到着したらしく、出迎えの人で空港前がいっぱいになる。
しばし2階より見物。




日記に、「9月10日(土)、ブロンキティス(bronquitis :気管支炎)の薬を買いに行く。でもこれを最後にしよう」とあるが、これは気管支炎になった時飲んでいた薬なのだけれども、とっくに治ってからも飲んでいた。
飲むと体が軽く感じて、精神的に少しハイになるんですよね^_^;
中毒の3歩手前くらいだったから、止めることにした。

PS.「ブロンキティス」で検索しても、おそらく薬名は出ないと思います。少しだけ、とびたい方には申し訳ありません

ブロン中毒みたいなものなのかな?(日本では間違っても経験は無いが)

ジアゼパムは、寝るのみに使ってた。むしろこちらは依存度が低かった。

ちなみに、2008年現在、飲んでいる薬は「血圧降下剤、尿酸値及びコレステロール抑制剤」のみです(笑)→「尿酸値及びコレステロール抑制剤」は帰国後1年してから、日本の病院より飲まされるようになった。
帰国当時は、血圧やその他数値が絶好調だったんだよー^^  グァテマラの食事が体に良かったんだと思う。フリホーレス、タマーレス。

9月12日(日)、Jade S.Aという翡翠(ひすい)専門店にネックレスを買いに行く。
このお店は、「クリントン前アメリカ大統領が当店にやって来ました」と主張した写真パネルが飾ってある。
なんだかな~。本当の一流店ならこんなモノは飾らないはずだと思うけど。

でも、店内にはちゃんとライフルを持った警備員が配置されている^_^;

ちなみにネックレスは50$前後(2005年当時)でした。



しかし、タマーレスとフリホーレスは喰いたい。毎日食べたい。食べたい。
グァテマラ料理店って日本にあるのかな?

コスタリカ料理店はビッグコミックオリジナルで確認したけど(蒲田にある「二葉」 http://e-food.jp/blog/archives/2006/04/_futaba.html)。

◎さて次回は、「グァテマラ最後の怒りの巻」です。
僕の「成金嫌い」振りが、よくわかる出来事がありました。





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その33:マイマイって?

2008年05月03日 | グァテマラ:パナハッチェル
パナハッチェルの宿、リンダにて。
日記を読み返すと1週間強泊まったのかな~?

何だか静かな宿だったのだけど、ある夜突然、大音量が聞こえてきた。
この街で嫌な思い出はこれだけだね~  
近所の中学校で、祭りをやってたみたい。
翌朝、宿の主人と女性に尋ねてみても、悪びれる様子はなく^^、「滅多にない楽しみなんだよー」といった風情

それだけでした


んで、日記は9月7日のアンティグアのに飛んでいて、「マイマイにメール」ってなってるんだけど「マイマイ」って誰?な現在です。
マジで誰?
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その32:兄弟

2008年04月10日 | グァテマラ:パナハッチェル
先日、知人より「このブログはタバコとお酒の話ばっかりだね。」という指摘を受けたのですが、今回も酒がらみです


8月29(月)
朝、雑貨屋へパンとドレッシングとトイレットペーパーを買いに行くと、店の男2人が「兄ちゃん」と語りかけてくる。
「ん、何だろうな?」と記憶を辿ってみると、昨日酔っ払ってこの店にタバコを買いに来た時に二人の年齢を尋ねて、自分より年下だとわかったので「俺を兄ちゃんと呼べ~」と言った事を思い出した^_^;



とりあえず兄ちゃんとして、振舞う でも昨日と明らかに違うテンションだったので、我が兄弟は少し不思議そうな顔をしていた。

すごく純朴で礼儀正しい兄弟です。何かご入用の際はこの兄弟の店をご利用くださいませm(__)m


雑貨屋向かいの路上でタマーレス売りがいたので、購入。椅子に座って食べる。
野良犬が近寄ってきたので、少しあげる。


その後、街中をお散歩がてら、母への土産を物色。
白人の若い女性二人が、ペンダントの値段を店と交渉している。
交渉不成立の模様。
「若い美人の白人が選んだものなら間違いないだろう」とそのペンダントを店の言い値で買う。確か日本円で500円くらいだったと思う。

が現在母がそのペンダントを所有している気配は無い^_^; お気に召さなかったのだろう。

アティトラン湖を見に行く。
やっぱり「きれいだな」しか感想は浮かばない。。。







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その31:新たな宿へ

2008年04月10日 | グァテマラ:パナハッチェル
今回は2話連続投稿です。

8月27日(土)
最初に泊まった宿が、宿内及び宿周辺がうるさすぎたので別の宿に変更。
「出る」とフロントのオバちゃんに伝えると明らかに不愉快そうだ。まるで「この宿のどこが気に入らないと言うんだい?」といった感じ。
確かにキレイな宿だけど、こっちは帰国まであと1ヶ月を切っているので、一日一日を大切にしたい。
先払い分の返却は、勿論ないが仕方がない。


荷物を背負い、新たな宿探し。
細い路地を入っていくと、とても落ち着いた感じのところがあったので入ってみる。
対応してくれたオーナーの老人と女性も、とてもいい感じ
共同トイレ、共同シャワーだけどここに決める。
Hospedaje Casa Linda
部屋はこじんまりとしているが清潔。なにより静かでとても良い宿だと思う。







近所の雑貨屋で水とRON(蒸留酒)を購入。
サンタンデール通りを散歩をして、コダックの前にあるネットカフェにてメールを打つ。ここはフレンドリーでとても親切で居心地がいい店です

散歩途中、地元の中学生に「へーイ、コリアーノ(韓国人)」と声を掛けられる。
「うるせぇ、ハポネス(日本人)だ」と笑顔で答える^^
大体、普通の表情をしていると日本人、少し考え事をして真剣な顔だと韓国人、表情が柔和なときは中国人に間違われる。
コスタリカではフィリピン人に間違われたこともあるが、あれは謎だ。

「ヘイ、ハポネス」 黒人のバックパッカーにも声を掛けられる。
「アメリカーノ(アメリカ人)?」と聞くと、白い歯を見せてニコッと「パナメーニョ(パナマ人)」とのこと。
笑顔って良いねー。幸せな気分になる。

宿に一旦戻り、屋台へ。買出し。
この街の屋台はとても陽気で、毎日通うのが楽しみになる。
中でもヘルマンという男はとてもエネルギッシュで、会話してると元気になれる。
売ってるモノは、何と説明して良いのかわからないモノだけど美味しい。

◎今回は雑記のようになってしまいました。


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その30:世界一の湖とやらを見に行くことにした

2008年04月05日 | グァテマラ:パナハッチェル



改めて西暦は2005年の出来事です。

8月18日(木)
ホテルパンチョイの部屋のテレビが故障したのでフロントに言う。
すぐさま代わりのテレビを持ってきてくれたが、メーカーは「オリオン」。
何か聞いたことあるようなないようなブランドだが、とりあえずその敏速性に対し敬意を表し「オー、オリオン!!」と大げさに驚いて見せた

しかし、こちらでやってる旅番組(アメリカ発)の日本編を何回見たことか・・・
アメリカ版の鳥越俊太郎みたいな人が、友綱部屋でちゃんこ食べたり、ふぐ料理屋行ったり、自動販売機に驚いたり、うなぎ弁当食べたり、日本のホテルの狭さに皮肉っぽい笑顔を浮かべたり。。。同じのを5回は見たね!

8月23日(火)
日本の知人にバースデーカードを送る。郵便局のお姉ちゃんが気を利かせてグァテマラ‐日本の友好記念切手を出してくれる。
こういうのは嬉しいね。

部屋に戻り、テレビを付けると日本映画をやっていた。
途中からだけど何気に見ていたら、すごく面白い。
タイトルは「海は見ていた」だった。「日本に帰ったらレンタルで見よう」と思ったけど、3年近く経った今も見ていない^^;

8月25日(木)
2、3日前に思い立った、パナハッチェルに行くことにした。
世界一きれいな湖が存在するとのこと。
朝6時にパンチョイを出発。
グァテバスに揺られて(予算の関係上)途中、3回乗換えで午前11時にようやく到着。
そういえば、乗り換えの途中、現地の小太りの中年男性が僕の荷物を持っていこうとした!
「ひったくりか!?」と思ったら、笑顔で荷物をバスに積んでくれた
「グラシアス!」とお礼を言う。
やっぱ、この国の人は親切な人が多いんだなー。特に先住民系の人達。

到着したけど、とにかく疲れたーー。とりあえず宿を決め3日分の宿泊費を払う。

少し昼寝して、湖を見に行ってみる。
「うん、キレイだね」感想以上です



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その29:イライラのち少しだけ晴れ

2008年03月22日 | グァテマラ:アンティグア
8月16日(土)
アンティグアにはネットカフェが何軒かある。
そのうちの一件に僕はよく行っていたのですが、そこの女店員が行く度にこちらを小馬鹿にした態度をとってくる

理由はおそらく、こちらの拙いスペイン語能力なんだろうけど(この店では「Hola!(やあ!)」と「Adios!(サヨナラ)」くらいしか喋ってなかったから)、あまりに腹が立ったので、この日は帰り際に「グッバイ、サヨナラ、サイチェン、アディオス、また会う日ーまーで♪ ヘイ!」と歌ってやった。
女店員は、ポカーンとした顔をしてこちらを見ていた アンティグアのグァテマラ人ってスペイン語以外の言語を知らない人が多いから。
この時、近くでネットをしていた白人が「クックック」と笑いをこらえていたので、僕としては「勝った」という満足感があった

この日以来、この女店員との間から、明らかに険悪な雰囲気は無くなった^^
笑顔を普通に見せてくれるようになった


イライラすることが嫌になった。気持ちが大らかになった。


その後、デルタ航空に帰国便の日にち変更の電話&日本にいるSちゃんに電話。Sちゃんは相変わらずキュートな声をしていたぜ。と言っても2008年現在、メールをたまーーーにする程度の関係になってるんだけどね^_^;

◎今は、もっと大事な存在がいます 少しノロケました
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その28:アグアタンク破裂!さらばモンテリコ。

2008年02月19日 | グァテマラ:モンテリコ


8月7日(日)
Hotel el kaimanの食堂(というか少しこじゃれた海の家)にて朝食(トルティージャと普通のプレーンなスパゲティと魚のフライ)を食べていたら、カルロスという若い男が声を掛けてきた。
首都グァテマラシティでコンピューター関係の仕事をしていると言う。
色々、日本語を教えてくれと言うので、適当に言葉を言うと一発でマスターする。頭が良さそうだ
座禅も教えてみたが、それも即座にやってのけた

こちらも負けじとスペイン語でショーク(?)を言ってやった。
「hacer el amor....」と。カルロスは苦笑い。。。
意味は調べてください
その後、メルアドと電話番号を交換したが、2年以上経っても何も音沙汰は無い。
こっちも何も連絡してないけど







8月9日(火)
この宿の水は海水を汲み上げて、それを屋根裏のアグアタンク(水タンク)に貯蔵したものを使用する。
暑いのでシャワーを浴びようとしたら断水中ということもザラにある。

ちなみに天井は蚊帳でできてる為、このタンクや屋根の骨格がよく見える。

この日は少し風邪気味だったので、ベッドに横になっていたら、いきなりタンクが破裂!
部屋中びしょ濡れ 洪水状態。







気管支炎になった

宿のオッサン(この時はブチ切れ気味に腹が立っていたのでオッサン)に、文句を言うと「トランキーロ(落ち着け)」と言う。
落ち着けるかい!
オッサンが車を呼び、それに乗って近所の病院へ行く。
医者は注射を打つと言ったが、オイラは感染症が怖いので頑なに「ノーインジェクション(注射は嫌だ)」と訴える。
結局、飲み薬とトローチを渡される。気休めだね。

もうアンティグァに戻ろう。
行きの運転手のお姉ちゃんに電話をする。気管支炎で体調が悪いと伝えると、11(木)の15時頃来てくれるという。

9(火)~11(木)まではオレンジシュースしか喉を通らない状態になった。
バテバテのフラフラだ。

で、11(木)ですよ。15時頃来ると言ってた、運転手のお姉ちゃんが11頃に宿まで来てくれた やった!早くにアンティグァに戻れる!と安心したのも束の間。
お姉ちゃん曰く「これから妹と海水浴に行ってくるから、車の中で休んで待っていて」だと。
「てめえ、気管支炎だって言っただろうと言う気力もない。

そこから4時間以上猛暑の車内で死にそうになりながら、待つ。途中2回ほど水分補給に雑貨屋にオレンジジュースを買いに行く。
「車内の荷物が盗まれるかも」なんて考える余裕も無かった。盗まれなかったけど。

15時過ぎ、お姉ちゃんが戻ってきてアンティグアに向けて出発。帰りは景色を見る余裕が無かった。
アンティグアのホテルパンチョイに到着した頃には、ほぼダウンしていた。
運転手は「日本に帰るときはまた連絡してね」と言ってきたが、「誰が頼むかボケ!」である。

パンチョイのエステラおばさんは相変わらずの笑顔で迎えてくれた。それは救いだった

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