WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

血の轍

2009年02月11日 | 今日の一枚(A-B)

◎今日の一枚 228◎

Bob Dylan

Blood On The Tracks

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 今日は古いロックを聴くことにした。1960年代のディランもいいが、70年代のディランは音楽的にもその詩の世界においても、より成熟を感じさせていい。

 ボブ・ディランの1975年作品、『血の轍(Blood On The Tracks)』、ディランの70年代最高の作品ともいわれるアルバムである。ザ・バンドとの共演よってロック色を強めた70年代のディランだったが、ここではアコースティックギターをも導入した穏やかなフォークロックのサウンドにのせて、さまざまな人間関係が歌われている。1970年代の、正確にいうな60年代後半以降のディランの詩の世界は、例えば北中正和氏が「フォークソングのドキュメント調の歌や"われわれ"を主語にしたものから、"私"を主語にして個人の内面のあつれきや感情の複雑な動きやドラッグ体験のイメージを語るものへと変化していた」(『ロック スーパースターの軌跡』講談社現代新書:1985)と語るように、より独我論的な方向性を示していた。そこには、怒りや悲しみ、憎しみ、恨みなどの激しい感情が渦巻き、時に辛辣で冷酷なものでさえある。比喩的な表現が多く使われる詩の世界ではあるが、時折あまりに直截的言葉が使われたりしてドキッとすることもある。

 アルバム全体に、詩的にも、サウンド的にもどこか不思議な統一感のある作品だが、やはり70年代のライク・ア・ローリング・ストーンともいわれる名曲「愚かなる風」が印象的だ。前奏なしでいきなり始まるサウンドは衝撃的であるが、その後につづくのはリズミカルで美しいメロディーである。その詩の世界については、ピート・ハミル氏によるオリジナル盤ライナーノーツの卓越した論評があるのでその一部を紹介しておく。

「これは生存者の怒りを唄った激しい、血も涙もない詩で、いまだかつてレコードには表されたことがないほど個人的なものである。だが、これは同時に、侵略され、操られ、捕らえられ、パッケージ詰めにされたと感じているすべての人々、つまり、ペストとの戦いを一度は経験したすべての人々、そして、憎悪という屈辱に一度は足を踏み入れたすべての人々に捧げる哀歌なのである。……」

 ところで、このアルバムを名盤たらしめているのは、最後の「雨のバケツ」という曲の存在ではないかと思えてならない。アコーステックギターひとつで「生きることはかなしいよ 生きることはさわぎだよ」と唄われるシンプルなサウンドを聴いていると、不思議に穏やかで優しい気持ちになってくるのだ。


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