居(すわ)りたる舟を上(あが)ればすみれ哉
寂(せき)として客の絶間(たえま)のぼたん哉
関守の火鉢小さき余寒かな
船頭(せんどう)の棹(さを)とられたる野分(のわき)哉
底のない桶こけ歩行(ありく)野分哉
炭うりに鏡見せたる女かな
炭売(すみうり)に日のくれかゝる師走(しはす)哉
隅々に残る寒さやうめの花
炭取のひさご火桶(ひをけ)に並び居る
(探題 寒燈)
住むかたの秋の夜遠き灯影(ほかげ)かな
鮓つけて誰待(たれまつ)としもなき身哉
(几董とわきのはまにあそびし時)
筋違(すぢかひ)にふとん敷(しき)たり宵の春
涼しさや鐘(かね)をはなるゝかねの声
すずしさをあつめて四つの山おろし
裾(すそ)に置(おい)て心に遠き火桶(ひをけ)かな
水仙に狐(きつね)あそぶや宵月夜(よひづきよ)
水仙や寒き都のこゝかしこ
水仙や美人かうべをいたむらし
修行者の径(こみち)にめづる桔梗かな
しら梅に明(あく)る夜ばかりとなりにけり
しら梅の枯木(かれき)にもどる月夜哉
白梅(しらうめ)やわすれ花にも似たる哉
しら菊(ぎく)や庭に余りて畠(はたけ)まで
白露(しらつゆ)や茨(いばら)の刺(はり)にひとつづゝ
しのゝめに小雨(こさめ)降出(ふりだ)す焼野(やけの)哉
芍薬に紙魚(しみ)うち払ふ窓の前
舎利(しやり)となる身の朝起(あさおき)や草の露
秋風(しうふう)や酒肆(しゆし)に詩うたふ漁者樵者(ぎよしやせうしや)
常燈(じやうとう)の油尊(たふと)き夜長(よなが)かな
燭(しよく)の火を燭にうつすや春の夕(ゆふ)
静(しづか)なるかしの木はらや冬の月
静(しづけ)さに堪へて水澄(すむ)たにしかな
静(しづけ)さの柱にとまるほたるかな
静(しづけ)さや清水(しみづ)ふみわたる武者草鞋(むしやわらぢ)
鹿寒し角(つの)も身に添ふ枯木哉
鴫立(しぎたち)て秋天(しうてん)ひきゝながめ哉
しぐるゝや堅田へおりる雁ひとつ
(英一蝶が画に賛望れて)
四五人に月落(おち)かゝるをどり哉
帋燭(しそく)して廊下過(すぐ)るやさつき雨
さみだれに見えずなりたる径(こみち)かな
さみだれのかくて暮行(くれゆく)月日哉
五月雨や滄海(あをうみ)を衝(つく)濁水(にごりみず)
さみだれや大河(たいが)を前に家二軒
さみだれや名もなき川のおそろしき
さみだれや仏の花を捨(すて)に出(で)る
酒十駄(じふだ)ゆりもて行(ゆく)や夏こだち
里人(さとびと)の屋根から誉(ほむ)る花火哉
さびしさのうれしくも有(あり)秋の暮
淋し身に杖(つゑ)わすれたり秋の暮
歳旦(さいたん)をしたり㒵(がほ)なる俳諧師
早乙女(さをとめ)やつげのをぐしはささで来し
帘(さかばやし)軒にとしふるしぐれ哉
さくら散(ちる)苗代水(なはしろみづ)や星月夜
桜なきもろこしかけてけふの月
このもよりかのも色こき紅葉(もみぢ)哉
小舟にて僧都(そうづ)送るや春の水
こもり居て雨うたがふや蝸牛(かたつぶり)
これきりに径(こみち)尽(つき)たり芹(せり)の中
更衣野路(のぢ)の人はつかに白し
子を捨(すつ)る藪(やぶ)さへなくて枯野哉
小狐(こぎつね)の何にむせけむ小萩(こはぎ)はら
後家(ごけ)の君たそがれがほの団(うちは)かな
こちの梅も隣のうめも咲(さき)にけり
骨(こつ)拾ふ人にしたしき菫(すみれ)かな
小鳥来る音うれしさよ板びさし
子鼠(こねずみ)のちゝよと啼(なく)や夜半(よは)の秋
こがらしや覗(のぞ)いて逃(にぐ)る淵(ふち)の色
木枯しや萩も薄(すすき)もなくなりて
こがらしや畠の小石目に見ゆる
こがらしやひたとつまづく戻(もど)り馬(うま)
凩(こがらし)や広野(ひろの)にどうと吹起(ふきおこ)る
(大魯が兵庫の隠栖を几菫とともに訪ひて、
人々と海辺を吟行しけるに)
凩に鰓(あぎと)吹(ふか)るゝや鉤(かぎ)の魚(うを)
木枯や鐘に小石を吹きあてる
木がらしや小石のこける板びさし
こがらしや炭売ひとりわたし舟
こがらしや何に世わたる家五軒