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迷歩録   とうい

2017-08-09 12:55:46 | 日記
  下り坂  平和祭典  蒸し暑く   繰り返さない  悲劇の歴史


                                ひのひら  ろくべえ





    とうい(当意)とは、その場で即座に考えたり、工夫したりすること(広辞苑)とある。特に国の政事を担う者

   にとっては、求められる才能であろうが、現実はなかなかそうはいかないようである。昨日沖縄、北方担当大臣の

   マスコミによるインタビューをニュースで見ていると、そのインタビューには何かよからぬ意図を感じた。つまり

   マスコミは、失言を誘導して、言葉狩りでもしょうとしているのか、即答できないであろう質問をわざとらしく投

   げかける。国民はそのような場面を見たいわけではなく、相応しい大臣なのかどうなのかを見極めたいだけなので

   ある。メモを見ようが見まいが、そんなことが大切ではなく、日本をどのようにしょうとしているのかが、大切な

   視点なのではないだろうか。その点に焦点を当てた質問と答えを期待する。それが国民のおもいではないだろうか。

    間違い探しゲームのようなインタビューではなく、どれほどのおもいを沖縄、北方に持っているか、問題解決の

   方向性と志があるかどうかが大切で、政を担う者としての心意気を知りたいのが国民の本音ではないだろうか。

    「とうい」という言葉には「とういそくみょう」(当意即妙)という言葉がある。これはその場にうまく適応し

   た、素早い機転、当座の機転という意味だそうな(広辞苑)対人援助の場でのコミュニケーションにおけるもっと

   も、求められる才能ではないだろうか。この当意即妙才能があるものは、クライアントの希望に添う確率が上がる

   が、この才能がないものは、クライアントに不信感を与える確率が上がるのではないだろうか。

    当意即妙の行動がとれるということは、日々学ぶという姿勢を忘れず、一分一秒を大切にした心がけからできてく

   るものなのかもしれない。

    人間対人間の関係における判断はその時その環境で大きく変わる。「いいひと」で、物事が済むならばトラブルは

   ない。そうではない、いい人ではなく、確実で前向きで、真剣さがあって物事に一生懸命取り組めて、自分の意志を

   持っている、強い志のある人ということにはなるのであろう。一人で神でもないのにこのような才能を持ち合わして

   いる人は、少ないだからこそ対人援助はチームで行うのではないだろうか。いい人も時にはクライアントのためには

   嫌な事も苦しいことも言ったり行動をとったりする必要があるのではないだろうか。

    対人援助の場における当意即妙は、とても大切な技術である。
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