Graffiti Decorations

私の人生は、キャンパスいっぱいに描かれ続けている。
生まれてからずっと、らくがきのように。

Graffiti Decorationsというタイトル

2005-11-20 02:19:09 | このブログについて
とある私が好きな外国アーティストの
とある曲の
歌い始めの歌詞から、2単語ほど。

パクリました。




これを選んだ理由は
とりあえずこの曲(アーティスト)が好きだったっていうのがまずある。


そして、最も主な理由は、
とある質問の答えを深く考えてみたことに由来する。




死ぬ前に自分の人生を思いおこしたとき
それはどういうものであらわせるか?




誰か他の知らない人に自分の人生を知ってもらうなんて
歴史の教科書に載るくらいしかないかもしれないけど

一つの形として後世に残すとしたら。
何かに例えて誰かに伝えるとしたら。

たとえば、

自分が主人公となりはらはらドキドキのストーリーを展開する
「1本の映画」

音楽が好きな人は、1曲の中にそれぞれのメロディーやリフを入れ込み、
体中で感じられるような人生を音楽に託す
「1曲(または1章)」

スポーツが好きな人は、中盤ひやひやさせられるシーンがありつつも最後の結果まで真剣勝負って感じで
「一つの試合」

またはそのまま思うがままをありのままにつづれる
「小説」


こうやって自分の人生をひとつの芸術作品のようなものとして残すとしたら、皆さんはどのようなものを考えるだろうか。


ところで一つ目の映画の話だが、これはたしか某映画のヒロインが言っていた。

危険にさらされ、自分の生活の不幸さを嘆き
「人の一生がひとつの映画になっているとしたら
私の映画はスリリングなサスペンス映画だわ」
と言う。
そして、愛する人の胸の中で
「ポルノ映画に主演したい」
と言って初めての夜を・・・

(コレ見たときなんて気の利いた言葉遊びかと感激・・・!
こんなセリフをロマンチックな場でさらっと言ったヒロインはステキ



話はそれたが、

とにかくそんな感じの「作品」、


私の場合はというと、

多分間違いなく
「一枚の絵」であると思う。

絵は、見る人によって、または同じ人でもそのときの気分や見方によって
一枚の絵から受け取れる情報がまったく異なる。

音のない表現の世界は多少さびしいものがあるが、
それでも私は「絵」が好きだ。

生きている間色んな音楽に囲まれていたからこそ、
死んだ後、自分の人生を誰か第三者に伝えようと思ったとき
あえて「音」という概念をはずす。

でもその絵の中には私の一生がぎゅっとつまっているのだ。

何度も重ね塗りをしているかもしれない。
下に書いていた絵を塗りつぶすこともおかまいなし。

日々生きている私はひたすらキャンパスに向き合っている。


そんな感じ。

ゲイジュツ作品とは程遠いかもしれないが、
それでも
「hina」という画伯の描く人生は
日々進化して、完成に近づいている。

たとえ子供の落書きのようなめちゃくちゃな絵でも



それが「あたし」で

生きている証。








Graffiti Decorations

ラクガキだらけの人生。