古代日本国成立の物語

自称「古代史勉強家」。趣味は実地踏査と称して各地の遺跡、神社、歴史博物館を訪ねること。学芸員資格の取得を目指して勉強中。

博物館での学びとは何か ~博物館が生み出す学びの好循環~

2018年09月13日 | 学芸員資格・博物館
 博物館教育論の第一回課題レポートです。課題内容は以下の通りです。

 「自ら学ぶ」をキーワードとして、博物館における学びの意義を考察して下さい。「博物館での学びとは何か」がレポートのメインタイトルですが、各自が内容に応じたサブタイトルを設定して下さい(必須)。大学での学習にふさわしいレポート構成と形式として、①それぞれの意味段落に見出しのついた、「はじめ・なか・おわり」あるいは「起承転結」の構成が明確なレポートを作成するよう心がけて下さい。②出典(引用・参考文献)を明記して下さい。③文字数は800字以上。

 履修した8科目の中でこの教育論がいちばん面白かった。これまで、子どもの教育や部下の教育の経験はあるものの「教育」について論理的に考えたことがなかったので、全てが新鮮であり、目から鱗なことばかりでした。
 テキストは書店で売っているものではなく、先生のオリジナルだったので全部印刷するのは大変だったけど、事例やWebからの情報が満載だったので、常に最新の情報をもとに教えたいという先生の強い思いが現れているのだと思いました。レポートも楽しく書けました。


「博物館での学びとは何か ~博物館が生み出す学びの好循環~」

1.私の学びと博物館
 私は現在、民間企業に勤めるビジネスマンであり、3年後に定年退職を迎えることになっている。仕事に没頭していた頃はビジネスマン人生の終わりが来るなど考えたこともなかったのだが、50代半ばに差し掛かった頃になって初めて定年退職という言葉が頭に浮かぶようになり、それ以降は定年後の人生をいかに充実させるかということを真面目に考えるようになった。そしてこれまでの人生を振り返ってみて、どんなときに充実を感じていたのか、どんなときに満足感を味わってきたのか、を確認してみた。その結果、小学生から大学生に至るまでは、試験でいい点を取ったとき、そして受験においては不合格や浪人という挫折を味わいながらもあきらめずに勉強を続けて志望校合格を果たしたとき、社会人になってからは仕事で必要となる様々な能力やスキルを高める努力を続けてハードルをひとつひとつ乗り越えたとき、あるいはその結果として相応の役職に就くことができたとき、私はこういうときに満足感や達成感、人生の充実を感じていたことが認識できた。学校でも会社でも、学ぶことを続けることによって充実した人生を手に入れてきたことに気がつき、定年後においても学ぶことを続けようと考えるに至った。そして、子どもの頃に興味を覚え、この年齢になってもその興味が失せることのなかった古代史を真面目に勉強してみようと心に決めた。
 前置きが長くなったが、そういう経緯があって私はいま古代史を学んでいる。具体的には、日本書紀や古事記などの歴史書を読み、専門家や歴史作家の書籍を読み、インターネットで知りたい情報を調べ、各地の遺跡や神社を訪ね、そして資料館や歴史館などの歴史博物館を訪ね、そうして集めた情報をもとに日本国(大和政権)が成立した過程を自分なりに考え、ひとつの仮説としてまとめたものをブログや自費出版によって発信するという活動をしている。
 これまで数多くの歴史博物館を訪ねてきたが、その際には博物館の常設展示の内容をインターネットで事前に調べ、どんな資料が展示されているのか、何を見ることができるのか、何を知ることができるのか、を考えてから見学に臨むようにしている。つまり、目的意識を持って博物館を見学するようにしている。たいへん限定的なケースであるかもしれないが、そういう私の経験をもとに博物館における学びの価値を考えてみたい。

2.博物館での気づきと発見
 これまで見学した多くの歴史博物館から、本レポートでは奈良県にある唐古・鍵考古学ミュージアムを見学したときの経験を述べたい。
 唐古・鍵考古学ミュージアム(以下、ミュージアムという)は奈良県磯城郡田原本町にある田原本青垣生涯学習センターに併設する歴史博物館で、北へ2キロほどのところにある唐古・鍵遺跡からの出土品を中心に展示が構成されている。その設立目的は「田原本町の歴史に関する資料を収集し、保管及び調査研究を行うとともに当該資料を展示し、町民の教育、学術及び文化の発展に寄与すること」(注1)となっている。
 一方、唐古・鍵遺跡は、広さ約42万平方メートルにも及ぶ弥生時代の環濠集落遺跡で、大型建物跡が発見されるとともに出土した土器の線刻画から多層式の楼閣があったと推測され、また、青銅器鋳造炉跡が見つかったことから銅鐸の主要な製造地であったと考えられている。全国からヒスイや土器などが集まる状況も確認され、弥生時代における重要勢力の拠点集落であったと考えられている。この遺跡は史跡公園として整備されて4月にオープンしたばかりである。
 私は先に遺跡を見学し、周囲の地形や景色、方角などを含めて遺跡の全体観をつかんだ後にミュージアムを訪ねた。ミュージアムではボランティアガイドに説明をお願いして見学したのだが、解説パネルに書かれていないことも説明をしていただき、また私の質問にも丁寧に答えてもらった。ガイドは原則として私見を述べてはいけないそうなのだが、私の質問は想定問答にないことが多かったのか、「あくまで私見ですが」と断ってまで答えてくれた。展示資料や解説パネルから得られる基本的な情報とそれを補足するガイドの説明、さらにはガイドの私見も含め、私は大変貴重な情報を得ることができ、それに触発されて新たな発想がいくつも浮かんだ。
 一例をあげると、この遺跡は環濠が複数ある多重環濠集落なのだが、ガイドの説明によると、どの環濠も浅くて敵の侵入を防ぐ防御機能は果たしえないという。意外であったがそうだとすると、単に村の内と外を区別する境界というくらいの意味だろうかとも思ったが、それでは環濠が何重にもなっていることが説明できない。そして集落の想像復元図を見ると環濠が川とつながっていることがわかったので、ここでふたつの考えが浮かんだ。ひとつは上水と下水の機能を複数の濠で使い分けていたということ。もうひとつは、この川は大和川から大阪湾へとつながるので、船の航行のための運河あるいは船着き場として機能していたのではないかということ。おそらく、そのいずれもが的を射ているのでないかと思っている。
 このように博物館では新たな情報に出会って思いもよらぬ気づきを得たり、新たな知識によって理解を深めることがしばしばある。福岡県の板付遺跡を訪ねたときも併設の「板付遺跡弥生館」で歴史的な大発見となった土器を見て、遺跡の本質的な重要性を理解し、さらに学芸員の説明を聞くことによってある疑問が即座に解消したことがある。同様に佐賀県の菜畑遺跡でも併設の「末盧館」での学芸員との会話から新たな知識を得ることができた。

3.学びにおける博物館の価値
 私自身の例でみたように目的意識をもって博物館を利用すると、そこで新たな情報に触れることができ、新たな知識を獲得することができる。もちろん博物館へ行かずとも展示資料に関する情報は博物館が自ら公開するWebサイトなどをもとに調べることができるが、博物館へ足を運んで展示される資料を自分の眼で見て、場合によっては触れることもでき、学芸員やガイドの話を聞けることもあり、五感で情報を得ることができるのだ。Webの調査では写真や解説文、せいぜい動画や音声による確認しかできない。まさに「本物」に勝る物はなく、そして「百聞は一見に如かず」なのだ。このことはつまり、博物館において学ぶことそのものと言える。
 さらに、目的意識をもって本物を見て、聞いて、感じることによって新たな発想が生まれる。これは長いビジネスマン人生においても何度か経験したことだが、どうしても答えの出ない困難な課題に直面したときは、とにかく課題を乗り越えるための策を考え続けることが重要で、寝ても覚めても考え続けていると、あるとき何かの拍子にふと閃くのだ。目的意識を持つとはそれと同じことで、答えを見つけたい課題をもって博物館を訪れるということだ。そうすると、何気ない情報も見逃さず、聞き逃さず、意味のある情報となって入ってくるし、それによって新たな発想が閃くのだ。新たな発想は新たな疑問を生み、その疑問を解消するためにまた調べてまた考える。同じ博物館を再訪することもたびたびある。学びが次の学びにつながっており、私はこれを学びの好循環と呼びたい。学びの好循環が生まれると、学ぶことそのものが楽しくなる。学ぶことによって手にする結果だけでなく、学ぶプロセスそのものに意味や価値を感じるようになる。博物館は学びの好循環を生み出す場であり、学ぶ者に学ぶことの楽しさを感じさせる場であると考える。

以上、私の経験をもとに博物館での学びの意義、さらには学びにおける博物館の価値を考えてみた。


(出典等は省略)


<レポートの評価>
 出題の意図を適切に理解して、ご自身の選んだテーマ(対象)を設定し、しっかりと必要な内容を調べたり、論じたりできている力作のレポートです。
 あちこちで述べている通り、採点の観点は、「オリジナリティ」「論理性」「客観性」ですが、まずご自身の学習体験を踏まえて奈良県田原本町の歴史博物館等の活動に着目し、それらの遺跡で実地に歴史を学ぶことの意義に焦点を当てたレポートになっていて、興味深く読ませてもらえました(オリジナリティ)。
 そして、レポートの構成や参考文献の提示としても、大学生のレポートにふさわしい形式で書けていて、十分合格の水準にあります(論理性・客観性)。
 もちろん、さらに文章を推敲して洗練させていくことは必要です。
 作業としては、「書いた時とは違う『読み手』」の立場になって、
 ① 誤字脱字や言葉の誤用、文法的な誤りなど、文章表現の基本をチェックする、
 ② より正確・厳密な、また学問的な用語で表現できないかを考察する、
 ③ 文章の構成(順番・区切り)や意味段落の見出しがふさわしいかを確認する、
 ④ 追加の参考文献等がないか探してみる、
などしながら、何度か読み返し、直してみることです。例えば文章全体をエディター等にコピーして、読み進めながら、書き直すとやりやすいかもしれません。(後略)
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