古代日本国成立の物語

自称「古代史勉強家」。趣味は実地踏査と称して各地の遺跡、神社、歴史博物館を訪ねること。学芸員資格の取得を目指して勉強中。

高座結御子神社・高蔵遺跡

2018年12月01日 | 実地踏査(遺跡/古墳/神社/仏閣)
 名古屋市熱田区高蔵町にある高座結御子(たかくらむすびみこ)神社は熱田神宮の境外摂社で、尾張氏の祖神とされる高倉下命(たかくらじのみこと)を祀っています。
 祭神の高倉下命は名古屋市守山区の東谷山の山頂にあった尾張戸神社にも祀られていました。その尾張戸神社のある東谷山の北側、庄内川を渡ったところは高蔵寺町で高座山がありました。この高座結御子神社のあるところも高蔵町です。ということは、記紀に登場する高倉下に因んで地名がつけられたと考えられます。







 熱田神宮の公式サイトには次のように紹介されています。

 祭神の高倉下命(たかくらじのみこと)は、この地域の産土神(うぶすながみ)であり「高座さま」と呼ばれ信仰を集めております。熱田神宮とほぼ同年に創祀された古社で、延喜式に名神大社として記載されております。
 当神社は古来、子育ての神として信仰が篤く、4月3日に幼児成育祈願祭、続く6月1日の例祭には境内末社の御井社(みいしゃ)で名高い「高座の井戸のぞき」があり数多くの人々が子供を連れてお参りします。幼児に井戸をのぞかせると「疳(かん)の虫封じ」になるという信仰です。




ちょうど訪ねたときに、若い夫婦が赤ちゃんを連れて祈願をしてもらっているところでした。そして祈願のあと、この井戸をのぞいていました。


お決まりの大楠の樹。

 
高座結御子神社は弥生時代から古墳時代にかけての遺跡である高蔵貝塚あるいは高蔵遺跡の上に鎮座しています。境内にもそれを示す立札がありました。


神社を囲むように公園があって、何らかの遺跡の痕跡が見れるだろうと思っていたのですが、まさかこんな事態に遭遇するとは思いませんでした。


なんと、神社のすぐ隣でまさに遺跡を発掘していたのです。公園整備に伴う発掘とのこと。


しかも、発掘現場の見学会が終わったばかりでした。


この高蔵遺跡は弥生時代前期としては列島の東端にあたる遺跡であることから全国的にも有名です。出土したこの地方特有のパレススタイル土器は国の重要文化財として東京国立博物館に収蔵されているとのこと。

神社の裏へまわるとこんなに広い公園になっていて、この一帯が高蔵遺跡です。


今は影も形もないですが、ここに古墳がありました。


金網の向こうは神社の境内で、そこには墳丘がみえます。

神社を取り囲むように7基の円墳があったとされており、周辺も含めれば5世紀後半から6世紀後半の15~20基の古墳があったとされ、高蔵古墳群とも呼ばれています。

この高蔵遺跡は南に向かって舌のようにベロンと延びた標高10メートルほどの熱田台地の東端にあります。神社から東に向かうとすぐに坂道を下るので、台地の東端というのがわかります。


ここから少し南側、台地の西端に断夫山古墳と白鳥古墳が、さらに少し行った南端には熱田神宮があり、狭い台地上に尾張氏ゆかりの遺跡や神社が密集する地域となっています。

神社南側の道路を渡ったところにある小学校も遺跡の上に建っています。






遺跡と神社をあとにして、断夫山古墳、白鳥古墳、そして熱田神宮へと向かいました。



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小嶋浩毅
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