toshi & masa のブログ、ついてるついてるハッピーライフ!へようこそお越しくださいました。
いつも、ありがとうございます。
今日は前回の続きで、〇〇〇くんヘルパーステーションさんのことを主に書かせていただきます。
さて、いよいよ母がデイサービスセンターに通うことが決まり、朝のお出かけ時には、ホ-ムヘルパーさんに家まで来ていただくことになりました。
我が家では masa が早く家を出るため、それ以後の諸々の仕事は私の担当です。幸い私が勤めていた会社はすぐ近くにありましたので、ヘルパーさんとはほとんどいつも顔を合わせることができました。
母の出かける準備を済ませて洗濯物を干している頃にヘルパーさんが来られ、その時点で母のお世話をチェ~ンジ! 母を出かける前のトイレに連れて行かれた後、デイサービスセンターの送迎車が来るまで待っていただくんです。
私は用事を済ませたら会社に出かけますので、その後ヘルパーさんが母を送り出した後、玄関の鍵をかけて帰られることになります。
昼間デイサービスセンターで過ごした母が家に帰って来るのは、夕方の5時前後。当然、この時刻は私もまだ会社にいますので、デイの方が玄関のカギを開け、トイレを済ませてからベッドまで・・・。
そして、玄関の鍵をかけて帰られることになります。
ということで、いよいよ我が家の玄関の施錠をそれぞれの方にお任せするという、今迄まったく経験のなかった生活が始まりました。
そこで、前回書かせていただいたような、私たちがいない時に家族以外の方が出入りされる、ということなんですが・・・。
♪パンパカパ~ン、パパパ・パンパカパ~ン!♪(笑)
なんと、いざ始まってしまったら、それまで頭の中にあった抵抗感?はどこ吹く風!(笑) 実にあっさりと、何の抵抗もなくそれを受け入れることができました。
良かった良かった・・・。
まさに、案ずるより産むが易し? そんな感じでしたね・・・。
これって、どうしてでしょうね?
決断するまで、そしてその後も結構悩んでいたのに・・・。
始まってみたら、すんなりと・・・。
これは一体、何だったんでしょうね・・・。
ひとつ ヘルパーさんはとても親切で、母を楽しませるように心を配りながらお世話をしていただいていること。やはり、プロです。
ふたつ 間違いなく、このことによって私たちは安心して働くことができている・・・という現実を体験できたこと。
みっつ 母と一緒に生活するためには、当時の私たちにはこの方法しかない、と真に理解できたこと。
悩んで決断した未経験の生活が始まってすぐ、何も心配することなんてなかったんだ! という気持ちになれた理由を三つ上げるとしたら、私の場合は上に書いたこんなことでしょうか・・・。
こういう生活が始まって以降も、実際にはいろんな問題が発生してきたことも事実です。特に母の症状が少しずつ変化し、発生する問題も様々で、私には未経験のことが多かったですね。
そんな中で、今でも良く覚えていることがあります。
それは、困難な問題が起きた時に言っていた masa の言葉でした。
「toshi さん、今が、この家でお母さんと一緒に生活出来るか、施設で生活してもらうことになるかの分かれ目だよ。お母さんにはこの家で一緒に住んで欲しいから、そのためにも、今、私たちが頑張らなくては・・・」
「ここで今私たちが頑張らないと、お母さんはずっと施設になっちゃうよ。そんなの、私はイヤ・・・」
まっ、こんなような話を、間違いなく2回は聞いた覚えがあります。
う~ん、こんなことはもう忘れていましたが、よくよく思い出せば、いろんなことが沢山たくさんありました。ホントホント!
でも、有難いことに嬉しいことに、いろんな方からの知恵を一杯いっぱいいただき、結構楽しくやって来れました。
特に、「母のお仕事」 を知ってからは、そうでしたネ!(笑)毎日が楽しくなれましたもんね。
まっ、二人とも、良くやって来れたと思います・・・。
ということは、それと同じだけ、「〇〇〇くん」 の皆さんには、本当に助けていただいたことになるんですよね。あの時、この時・・・、本当にものすごくお世話になりました。
随分ご迷惑をおかけしたこともありましたが、お許しください。
ケアマネージャーさんはじめ、ヘルパーの皆さん、本当にお世話になりました。心から感謝申し上げます。
皆さんに良くしていただいたお陰で、仏となった母の顔は、とっても、とっても安らかな、素敵な顔でした。
本当に、本当に、あがとうございました。
写真は、まだ歩けた頃の朝のお出かけ前のスナップです。左はヘルパーさん、後ろの男性は送迎車の運転手さんです。
幸せそうな、嬉しそうな、まさにハッピーな朝の光景ですよ~!
イヨッ! 行ってらっしゃぁ~い!
お読みいただき、ありがとうございま~す。 (toshi)