緑 島 小 夜 曲

春を愛する人は、心優しい人。

【おくりびと】Departures

2009年03月26日 17時07分18秒 | 露天映画
 重苦しい雪。その朦朧さから雪国らしい寒さが感じられる。

 ムードをもの悲しい死から、「SONG OF JOY」へ。歓楽(JOY)の歌であっても、人を喜ばせる消息はなかった―――楽団解散が発表された。失業を意味する。

 日常生活。妻との会話。不安な未来。

 二人きりの演奏旅行、美しい思い出がいっぱい。

 生きているタコ、いや、たぶん死んでしまったタコ。人生のようである。まさかタコも人生の哲学ではあるまいか。その触手はたぶん世の辛さと苦痛をもっと感銘するだろう。

 人生の転機っていったい何であろう。時々それが一瞬或は刹那のことにすぎない。夢の光や現実(いま)に差し込む。

 父の喫茶店。素朴な田舎生活。ばっとしない転機は往々人の運命を変える。人生そのものを旅に例えば、旅立ちも幸せなことであろう。なぜならば、人生最後に使うものが他人によって選ばれたからである。

 最初の仕事――遺体役(遺体モデル)をやる。一人前のおくりびと(納棺師)になるのは、死者そのものを体験しなければならぬであろう。死の尊厳。

 音楽は嘗てへの回想と往来をよんでいる。その場で冷たい石もものを言う。

 魚(サンマのようである)が川の流れを遡って行く。

 人が世の流れを遡って行く。同じだろう。結局のところ、死に過ぎない。いったい何のために必死に頑張るのであろうか。真理か、世の慣わしか。魚は多分それをちゃんと知っているであろう。しかし、人間同士には知らないものが数多あろう。

 雪国の冬の宵。ストーブ。古いレコードから暖かい思い出――親父の大好きな曲。静謐な流れ。清清しい雪。和式な障子。

 雪国のクリスマス、悠揚たるチェロの独奏……
 
  

 雪国の早朝、MTVのようである……

 鶴乃湯の風呂から水滴が寂しく聞こえる。白き鳥の群れが飛上がるその一瞬、火葬場のその小父は多分本当に次の人生往きのその停留場(ターミナル)の門が見えるかもしれぬ。

 雪国の春は命と万物をはぐくむ。人類をも。

 白い小石が寂しい親父のこわばる手から落ちてしまった時、昨日のように流れてくる思い出は最高の拠り所になる。涙に浮かぶその笑顔が段々はっきりしてくる。

 冷たい石もその場で人間らしく温くなる。

 滝田洋二郎が監督を務めた2008年の日本映画。第81回アカデミー賞外国語映画賞、および第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞作品ーー【おくりびと】を見ながら、気の向くままに書いたものである。