チコの花咲く丘―ノベルの小屋―

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「ロストジェネレーション」第1章 二十世紀の終焉 その36

2009-08-18 22:14:30 | 就職氷河期「ロストジェネレーション」
成功、失敗以前に、ただの嫌がらせで終わった面接。

「馬鹿!何やってんの!」
面接のやり取りを、一字一句聞きだしたお母さんから、
ヒカルは叱責を受けていた。

そんなこと言ったって!
だって、仕方ないじゃない。私のせいじゃないもん。
もう、今回の事は忘れて、次どうするかを考えたほうが、
賢明じゃない?

反論したくなるけど、もう、そんな気力すらない。
腹が立つという以前に、疲れたよ。
ヒカルは、ハンガーに掛けたリクルートスーツを見ながら
ため息をついた。

「わたしは正義を衣としてまとい 公平はわたしの上着、また冠となった。」*

見返りを求める事もなく、
真面目に、誠実に、生きてきたのに。
社会という世界への扉では、それは、何一つ評価される事はなく、

部活動をしているか、していないか。
それが人間の評価の基準とされている。
そんな現実を思い知った。

「お前なんか就職できない!」
親を含め、幼い頃から幾度となく吐かれてきたこの言葉。
それが現実になりそうな今、
今まで以上に頭の中に響き渡っている。

今日はクリニックの受診日。
平日の午前中なのに、待合室は混み合っている。
ソファの隙間に無理やり座り込んで、
クリニック備え付けの、無料のコーヒーを口に含んだ。

やっと、診察に呼ばれると、
いつものようにこの一週間の報告。
「そう、残念だったわね。でも、前向きにがんばってるんだし、
きっとそのうちに良い事あるわよ。」

この女性医師から、こんな温かみのある言葉を聞くのは、
始めてだった。あの時、
お母さんから、こんな温かい言葉を聞けたなら・・・。

「昔言われた、お前なんか就職できないって言葉ばっかり、
思い出すんです。
このままだったら、それが、現実になりそうじゃないですか。」

結局、こんな言葉でしか返せない。
傷心の今は、どんな慰めも届かないのである。

続けて、中学時代の忌まわしい記憶が
自然と口から流れ始めた。

「まあ、その事は、これからゆっくり考えていきましょう。
とりあえず、今を気分よく過ごすことだけ考えて、ね。」
半分慰めのような言葉と、薬の処方箋を持って、
今回の診察もおしまいとなった。

刻々と流れていく時間、
これが、ヒカルの焦りを加速させていた。
二月も残すところ後、一週間。
来週には、卒業論文の口頭試問が行われる。


*旧約聖書 ヨブ記 第29章14節