ベルリン便り

ドイツの大学でドキュメンタリー映画を制作しています。

音楽の歌詞より

2015年09月29日 | Weblog
「彼女は自身のエモーションの意味を分からないでいる」

Birdy のpeople help the peopleを聴いた時、人を引きつける声の持ち主で、人の注意をひく言葉が歌詞の中に使われているけれど少しずれているのを感じた。
それは訳したときの問題や、英語圏の人の価値観とわたしが日本人というずれなのかなと思っていた。
彼にこういわれた時、「ああ、そうか」と思うと同時に、的確な言葉による表現の出来る彼をうらやましく思った。

言葉を濁す事や言ってはいけない言葉にしてはいけない、、、コミュニケートの中でそれを行っていると表向きの人間関係のみで生きているように感じる。
他者を傷つける目的ではなく、コミュニケートとして会話がある限り、言葉の使い方と自身の姿勢でもっと深く他者と関係を築けるのではないか、、、それは同時に自分を知る、知ろうとする事なのではないか、、、。

そう感じた一つの出来事でした。




9月28日

2015年09月28日 | 小さな旅のお話
    

 
午後、さんぽ
 秋の光

世界を

2015年09月26日 | 音楽

叫ぶように歌を歌う事の無かった人が、振り絞って声を出していた。
何故だろうとインタビューを読んだ。
くすぐったくて、ただの傍観者とは違う。足りない事はよく分かっている、それでも愛を受け取った。


*****
世界をかえるつもりはない
*****




親友と話をした時。
とても興味深かった、わたしからの言葉が足りなかった。
もう少し言葉にしてみようと思う。

約十年前大学での授業「核は必要か不必要か」(無くす事が出来るのか出来ないのか)

親友の回答は「(無くす事が)出来る」そして「世界が一斉に(同時)に手放せばよい、そうすれば持つ必要がなくなる」
そしていくつかのディスカッション、教授からの回答は「面白い考えですね」。
親友はこころもち沈んでいた。足りなかった、だけれどそれでよい、、、彼女の教授がそうであったと願う。

十年後わたしの。

「平和的解決が出来る事が一番。だけれどそれが出来なくなる時が歴史上何処かで訪れるのが人の世。(ガンジーのやり方を継いでいる人達がいる、それでもインドが秩序のとれた安定した国かというと、違う。)
(自ら作りだすのは論外、絶対に持たない姿勢を貫き通すことは必ず出来る、持ってしまってから抱える不信感、信頼関係の崩壊はアメリカの銃社会に如実に現れている。)
民衆を動かす、(明確な先を見ている指導者とともに)デモを起こすのも方法。
たぶん教授は教授をうならせて欲しかったんじゃないかな(そうあってほしい)、具体的な立証と共にあっぱれって、微笑みたかったんじゃない?
それだけのレポートを書こうと思ったら相当の資料がいる。

もうひとつは、政治と繋がった力のある人たち、それは日本人でって言っている人達は論外、世界を動かしている人達とひょいと数時間話が出来ちゃうような、こどもでも高校生でも大学生でも、、、。だれがどのような力を持っているかさえわたしは名前を出して話は出来なくて、その時点でわたしと同等の状態の人達の場合、民意の世界(この場合核)に対する主張は大きな力を持たない。
こういう人がいればという過程でつまらないかもしれないけどね。わたしも核は一斉に手放せると思うよ。ビルゲイツとかスティーブジョブス(名前は適当に上げてしまった)とかうならせられる人とか、その場でとんでもなく彼らを怒らせたのに後に彼らの方から連絡をしたくなる、そしてそうなる事が分かっている上でそうできるような、、、そんな人がもしくはそんな人達のグループがここをこうしてあそこにこれをし気づいたら世界で一斉に核を手放していました、って。
教授はこの辺りをある程度具体的に言葉にできる人を求めていた、もしくは、これが出来ちゃうとんでも君がクラスに潜んでいるかもってあったんじゃない?(教授はーーー無くす為にはどうすれば良いかーーーが根底にありこれをテーマにしたのだと、そこはわたしの希望)」




残念だけどね、わたしはプーチンさんともオバマさんとも習さんともお友達ではない。
わたしのお父さんもお母さんも田舎では頑張っているけれど、世界どころか日本のトップで生きている人ではない。政治家でもない。
ビルゲイツにお話?何も話題はないよ。
自分がやってきた同等分野でさえ、故人だけれどアンナとも河合さんとも相手をわくわくさせることなんて出来ない、ありがとうを伝える、知りたい事を聞く、きっとそういうところ。

でもねやっぱり勉強を続けているし、実践をしている。

生涯勉強で、生涯実践。

「世界をかえるつもりはない」そう言っちゃう恥ずかしさ、そう言いながらインタビューではひねくれながらちゃんと語っていました、現代人かな。
わたしはそれを恥ずかしい(勉強が足りない、能力が足りない)と思いながら、、、戒めであり、自分の答えと勉強と。

決して抑止に繋がるとしても本当に使う事が起こった場合、使われた事にも使った事にも後悔しても仕切れない。
そしてこの世には使った事に苦しみを抱かない類いの人達がいる事、それが人間である事を頭に置いた時、せめて自分は持たず、持たずとも生きれる事を表明出来るだけの強さと頭脳がいる事。
次世代の軍事は数でもなく、武力でもなく、ネット社会を始め、世界での発言力と交渉力、人脈、、、頭脳だと思う。























グッド・バイ/安藤裕子

2015年09月26日 | 音楽
早朝5時、気温14度。
周りの人達はジャケットにコート、ヨーロッパの秋。
風が吹く、光がまぶしい。

秋の光は白いきらめきを放つ。
青い空をみつめ深呼吸。

わたしがこの街に始めて来た頃と同じだ。
初心に帰る。

明日はあの人にありがとうを伝えよう。







South Korea Conscientious Objector - Lee Yeda

2015年09月19日 | love and peace
South Korea Conscientious Objector - Lee Yeda

木村草太氏:現在の政府答弁では安保法制に正当性は見いだせない

2015年09月14日 | Weblog
木村草太氏:現在の政府答弁では安保法制に正当性は見いだせない

Say it,before it's too late.

2015年09月12日 | Weblog
安藤裕子 / 隣人に光が差すとき


以前とある場所に書いた。

1945年8月15日敗戦の宣言をした昭和天皇。
マッカーサーとのやりとりを賞賛した記事に対し、神々しいなどの言葉が並び困惑したから。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
海外在住、戦争の犠牲になった子どもたちのリハビリに関わっている立場。今の日本人の視点論点がずれている事を感じる。「戦争ビジネス」に着眼した発言をする人達があまりにも少ない。永世中立国の立場を取らない限り「防衛」は本来の「防衛」として成り立たない。それを理解し発言している人たちがあまりにも少ない。昭和天皇が賞賛されるとすれば上部の人達の価値観により、それを支持している人達により美化され神格化されているだけ。第二次世界大戦に意志の有無に関わらず加担した人達の中に、 賞賛されるべき人物など1人もいない。生涯負い続ける痛みを抱えた経験の無い人の「戦争遊び」への個人的発言ですね。不特定多数の人が目を通す場所にこの文章を書こうと思わせてもらえた事に感謝します。ありがとう。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
Keikoさん、ーーーなにかしら災害事件が起こる度に心配して侍従の方に詳細をたずねるーーーそれは私の友人たちの事ですね。そして彼らは直ちに現場に駆けつけ救助援助にあたります。彼らは一人でも多くの子どもたちが救助され、負った傷と向き合い自身の人生を愛せるようにと全力を尽くし、自分たちの側に常に死がある事を受け入れています。形式上であれ戦争の最高責任者が、自身に責任が有りいかなる極刑も受け入れると言った事のどこに美があるのですか?私の友人たちは、誰一人殺す事を考えず、殺す為の采配が無ければ自身の行動も無く、一人でも多くの命を救い犠牲者のその後の人生をサポートしている、そして常に死を意識しています。国家を安定し維持する為に象徴があるのは悪い事ではありません。しかし世界大戦当時形式上彼は最高責任者になり、日本は「しない為の行動」ではなく「する為の行動」をとりました。わたしたちはその事を理解しておく必要があります。中井さん、ーーー人殺しとか戦争なんて良くないよー。国を取られても私は戦争を断固回避する!丸腰で殺されたっていいじゃないか!って言えますか?もし言えるとしたら家族殺される可能性があっても娘をレイプされる可能性があっても家長としてそう言ってくださいね。ーーーとの事。可能性をきちんと分析すれば解決策はみつかります。しかし起こりうる可能性の分析と平和的解決の実行ではなく「された」と断言し報復という形で攻撃した過去を日本は持っています(例えば満州事変)。世界を見た時、「国防軍」について考える事も「徴兵制」について考える事も間違っていません。ただし、代役がある事、紛争地に派遣されるのは、まず救急レスキュー隊、医師、介護看護の出来る者、インフラに関わる者、そして最後に「国防」に関わる人達が現実を知る事です。今日本は貧困層で育った子どもたちを自衛隊員にしようとしています。そのやり方で、「恒久平和」の為の「国防軍」になる人間を育成出来ると思いますか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーー






何がおかしいのか言ってあげよう。
違法が沢山ある。
準備ができていない。

今日明日傷つくのは「あなたではない」その事に、他者になりすぎな「あなた」がいる事への忠告です。





Stephen Hawking: Questioning the universe

2015年09月09日 | Weblog
Stephen Hawking: Questioning the universe

ドイツとハンガリー

2015年09月05日 | Weblog
ハンガリーのやり方とドイツのやり方

中東、アジアからの移民受け入れについて、ハンガリーのやり方は自身の安全と移民の安定した生活を考えた時、一つの方法として人道的ではないとは言えないと思ってる。

ドイツは第二次世界大戦、ヒトラー政権の反省としてのありかたと、1960年代の成長期に人手を必要とし、金銭的にゆとりや安定がなかった東ヨーロッパ、情勢が不安定だったトルコ、それから東ドイツと共産主義が共通し、ベトナム戦争ゆえ難民の溢れていたベトナム、、、彼らがドイツへ来る事になった。
当初高度成長による人手不足だったため、ドイツのインフラが整えば、母国の治安が安定すれば彼らは帰国するはずだったが定住、2世、3世が生まれている。
ベルリンでは数年前移民が学校崩壊を起こした。
現在ベルリンでは移民に、ドイツ語のみではなく、ドイツの文化やドイツの政治なども学ぶ時間がかせられている。
現在もドイツは移民を受け入れている、だから今回の移民たちはひたすらにドイツを目指している。(例えば移民申請をし(移民申請が認められてから?)最低でも半年間は生活が保証されている。だけどこれには、過去の反省がつながっている。

インタビューに答えていた移民の何人か、、、顔にも話し方にも、誠実さを何一つ見いだせない人たちが潜んでいた。
母国でどんな生き方をしてきた人たちなのか、そしてこれからどんな生き方をしようとしているのか。

ブダペストを旅した時とても良い印象を持った。
最近きれいになった駅ばかりで広く、案内標識も、ブタペストの言葉を理解しないわたしでも迷う事無く理解が出来る仕組み。乗り換えもとても分かりやすい。
遥か昔ファッションの街として人々が集まったのはパリではなくブタペストだった。
真珠の街と言われるゆえんが分かる、ブタもペストも本当に美しかった。
そして、街の人たちが本当に暖かかった。みんな目を見て話をしてくれる事にとても好感を抱いた。
挨拶と笑顔がある街は本当に心地がよい。ブタペストにはこれらがあった。

移民を受け入れるって、簡単ではない。
だけど本当に困っている人、助けを必要としている人たちを受け入れる体制も大切。

受け入れる覚悟を決めたら、どれくらいの数を、どのように受け入れるのか。
スタッフ、教育、受け入れ側受け入れ申請をしている側双方の教育、予算、仕事、、、。

そういう事なんだと思う。

8月

2015年09月04日 | Weblog





解釈改憲とか集団的自衛権とか。中東アジアの紛争地から難民が陸と海から。
報道ステーションは政府容認現在の政府に対する気持ちのはけ口って。
近くに目を向けたら、すぐ近くに、仲良くする事が難しい問題がころがっていて。そうよねそんな時は恐怖を感じないだけの距離を持ちたい、持つしか無いよねって。

あー、なんだろう。

平和が好きだ。
君の暴力と暴言が嫌いだ。







***