彦中三八ブログ 

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幼少期の思い出3

2016年06月15日 23時06分05秒 | 全国各地
田部川大橋を渡って田部川を越えましたが、
昔は、この橋は無かったので、改めて旧道の
田部川を越える橋に立ち寄ってきました。

風月橋と名付けられています。
どうしてこのような優雅な名前になったのでしょう。
下を流れるのは、たびたび氾濫して田部の集落を水攻めにして来た
田部川のことだから、荒ぶる川の心を鎮めんがためでしょうか。

木屋川ダムが出来てから氾濫は無くなったと聞いたような気もしますが、
田部の集落を水攻めにしたのは、田部川なのか、
それともこの先で合流する木屋川なのかはまでは訊いてませんでした。

田部川を渡れば「岡枝」です。
しかし、岡枝辺りは、鉄道線路跡の痕跡があまり残っていなく、
ところどころに、それらしきものが断続的にありました。


その道を走っていくと、自動車道と合流しました。
合流したところに温泉場があり、バスの停留所は「菊川温泉」となっていました。


ここから暫くは、線路が今の自動車道とほぼ並行して走り、
道の向こう側に華山が見えています。
幼い頃、オートバイに取り付けたリアカーに載せてもらい走った道路です。
まあ、今では全く考えられない危険なことですが・・・・
あのころは、全く舗装されてなくて、後ろはモウモウとした砂煙を上げてましたね。


次第に盆地の平野部は終わりに近づき、少し高度を上げていきます。
道なりになだらかな坂道を進むと、遠方にダムが見えてきました。


湯の原ダムとありましたが、新しそうなので、
帰ってから調べてみると、着工1972年で、完成1990年の比較的新しいダムでした。
線路は次第に勾配を登っていきますが、自転車道は峠まではかなりの勾配で、
峠からの下りが階段となっていて、どこかで鉄道跡とは別れていたようです。
線路はどこかでトンネルに入ったのでしょう。

階段を下りて、階段脇の藪を覗き込むと、
何やらトンネル入口のように感じられる空間が望めました。

ここからは鉄道跡を活用した自転車道路で、
快適な湖畔ののどかな風景を楽しむことができました。


峠越えしてきた自動車道とも並行して湖畔を走り、
次第に豊田町の中心部に近づいていきます。


こんな碑が残っていました。
説明文が付いていました。

「猿侯」…「えてこう」と読むのでしょうかね。


庚申塚もありました。
しかし、この塚に掛けられている縄で造られているものは何なのでしょうか。
ここからそれほど離れていない所でも同じ様なものが
塚らしきものに掛けられていました。

最初はワラジかなとも思ったのですが、
だいぶ違うようです。ほんと何なのでしょう。



こんな史跡も残されていました。
川沿いののどかな道路も
川と山に挟まれた場所で、、
時の政府には重要な要衝だったのでしょう。

のんびりと田舎道を走っていると、

華山や神上寺、徳仙の滝への入口にたどり着いたようです。

徳仙の滝は、幼い頃、いとこ達と一緒に連れて行ってもらって食べた
「そうめん流し」が懐かしい。
青竹を割って作った素朴な樋の中をそうめんが流れてくる。
次々と流れてくる素麺に、腕白坊主達が我勝ちに次々に取って食べていると、
オジサンオバサンたちにも少しは残してくれよ、
と笑いながらたしなめられたことを思い出します。

いつの年か、「そうめん流しに行こうよ」とねだったのですが、
台風か何かで滝が傷み、そうめん流しはしていないと
告げられた年もあったように思います。

この道を入り神上寺や華山の頂きにも登りたいところですが、
華山の上に登るときは「新兵器持参だな」とこれも今回はパス。

いよいよ豊田町の中心部に到着です。


豊田町の特産である梨の選果場の案内板が見えます。
どうやらこの辺りが西市駅の有ったところのようですが、
線路跡をたどることはできませんでした。

少し離れたところに、車輪と写真のモニュメントがありました。



この車輪は、貨車の物なのか、客車の物なのか、それとも気動車の物なのか。
バランスウエイトがついて無いので、
蒸気機関車の動輪でない事だけは確かのようです。

これで当初の目的の半分は達成です。
残りはここから道の駅蛍街道西の市訪問です。


山辺の道から少し離れると、華山が神々しく眺められました。


道の駅にたどり着いて、ようやくお昼ご飯です。
土産物売り場の休憩コーナーでクジラのカツカレーを食べました。

豊田町まできて何でまたクジラを食べたのかって?
クジラは、幼い頃から良く食べていたので、
いつも同期会で下関に帰った時は
クジラ料理屋に立ち寄るのが僕の恒例でした。
しかし、今回はその予定が組めなかったので、「クジラ」の文字を
目にした途端、他のメニューは視界から消えてしまったのでした。

食べながら、「山鯨」だったら面白いのになと思ったことでした。
「山鯨」とは「猪の肉」のことです。
猪は豊田町近辺にはあまりいないのでしょうか?
容易にイノシシの肉が手に入るのであれば、名物メニューになるかもですよ。

梨のお酒や、蛍ビールもあればお土産にと思ったのですが、
サイクリング車では、かさばるし、持ち運ぶには重く、
何より破損のリスクが大きいので、我慢ガマンでした。
最後の記念にと道の駅正面で自撮りです。


ポタリング(自転車散歩)データ(休憩を含むグロスのデータです)
 小月~西市間片道約18km
 小月→西市・道の駅まで=9時→13時(4時間)=平均4.5km/時…歩いた方が速い?!
 道の駅→小月まで=14時→15時20分(約1.3時間)=平均14km/時
 いかに往路で道草(線路痕跡探索+写真)したかの証です。

次の機会には、華山に自転車で登ってみたいものです。
新兵器があれば、体力の無い僕でも可能かも。
標高は七百メートル、標高差は六甲山レベルのようです。
小月からはしんどいかもしれないけれど、
道の駅西の市からは程よい距離、標高かもしれません。


by W
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2 コメント

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Unknown (m)
2016-06-30 10:38:17
地元に暮らしていると、見過ごしてる風景も。こうして写真で見直すと見覚えのある風景が
あったりで楽しいものです。日頃はマイカーで走っているので脇見もできず。
知らない碑や塚があったりして、普段車では走らない道もあり自転車旅ならではの旅ですね。
庚申塚には、しめ縄のように太く編んで、わらじのようにも見えるもの必ずありますね。
中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てたものらしいですが古くなれば
新しく作り直しているようです信仰者がいるってことですかね、
Unknown (by W)
2016-07-03 19:13:40
コメントに気づくのが遅れ、ごめん

自転車旅は時間を気にしつつ、
新たな発見?に時間を忘れて
さらなる好奇心に時間を忘れてしまいます。

何より、頬を流れる風が気持ちいい。
車でいえば、昔の三角窓から入る風に
似た感じです。

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