彦中三八ブログ 

彦島中学校を昭和38年3月に卒業した同期生のためのブログ。 掲示板「彦中昭和38年卒同期会」にもお立ち寄りください。

保津川ポタリング(その2)

2018年05月04日 21時41分19秒 | 全国各地
JR保津峡駅から水尾の「柚子の里」に向かい出発。
保津峡駅への橋の下を流れている水尾川に沿って緩やかな坂道を走っていると
「全面通行止」看板が目に入ってきました。

その道路は、亀岡からの帰りに保津川に沿って走ろうとしている道路のことだと思われるものでした。
もし通れないのであれば、亀岡からまた同じ道を引き返す他ないのか!?と
ちょっとショックです。看板をよく見ると、落書きがしてあります。

「4輪ムリ」
「2K先がけくずれ」
「2輪車通行可」
と読めました。
この落書きに気を取り戻して、予定通り進むことに。

途中で、水尾に至る歩道があることが分かりましたが、
林道の通行止めがあったので、用心して車道を行くことにしました。

谷の方に見えている歩道を眺めると、
道路との斜面に倒れた木々の処理でカットされたカケラと思われるものが散乱しています。
水尾川は相変わらず、道路の遥か下を流れています。

水尾の集落に近づいたようです。

段々畑や柚子の木々が眺められるようになりました。

水尾の集落に入りましたが、相変わらず道は厳しい坂道です。

清和天皇陵も近くにあるようですが、自転車でたどり着けるかわからないのでパスしました。

柚子の里の中を通り抜けていきます。

道路はどんどん高度を上げていきます。
水尾川もぐっと細くなり、源流に近づいているようです。

しかし、道路は容赦なくさらに高度を上げていきます。

先ほど通過した水尾の郷が木々の隙間から小さく眺められるようになりました。

道路の傾斜は相変わらずです。

電足君でなければとっくに音を上げていたことでしょう。

山々の頂がすぐ近くに見えるようになりました。


神明峠に到着です。


「峠」と言いながら、この先まだ登りが続いています。
峠の道標がなければ、気付かずに更に登っていることでしょう。
分岐の道標です。

まだ道路が整わない時代、亀岡から京に抜ける道路から見れば、この場所が亀岡と京との境としての峠だったのでしょうね。
この道標の左側は急な坂道が亀岡に下っています。

道標で示された亀岡方向に進むと、

大雨で倒壊した木々がまだ残っている坂道をグングン下っていきます。

カエデの若葉に目を奪われます。

秋の紅葉時期になったら是非来たいと思います。
池の水面が鏡のようです。
対岸に白馬がいれば東山魁夷の絵の様です。

こんな景色を独り占めできるのは幸せです。

この林道に沿って流れている愛宕谷川の流れる音が静かな林道を一層静かに思わせてくれます。
いつまでも、ここにいたい気分にさせてくれます。

しかし、いたるところで、水害の爪跡が残されています。




林道を抜けると保津の町です。

古い神社で一休み。

保津の町を抜けると近代的な真新しい橋を渡ります。

もちろん、渡るのは保津川。

この下流があの保津峡とは思えないほどの広さです。

亀岡駅に到着です。

駅舎もモダンです。
大きな建設用クレーンが2本動き回っており、駅の北側周辺で再開発が進んでいるようです。

プラットホーム越しに駅の向う側の様子です。



看板を見ると、「京都スタジアム(仮称)」だそうです。
「平成32年春オープン予定」とありました。
平成はそれまでに終わってしまうんですよねえ。
年号はどう変わっているのでしょうか。

遅い昼の食事を保津川の堰堤に設けられいるベンチに座り、
河原でゲートボールに興じている人たちを眺めながら食べました。


(その3)へ続く


by W
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