外務省神戸移住斡旋所
移民のための施設として建設され
ここから多くの日本人が
南米へと渡航していった
まるで
学校のような構造の建物
戦時中には
軍の施設としても使用され
戦後は
看護婦の養成機関となった
先に学校のようだと記したが
建物の細部を見ると
建物全体は甲板船の様にも見え
廊下や階段も
船舶を連想させる
まさに
移民ための建物である
移民のための施設として建設され
ここから多くの日本人が
南米へと渡航していった
まるで
学校のような構造の建物
戦時中には
軍の施設としても使用され
戦後は
看護婦の養成機関となった
先に学校のようだと記したが
建物の細部を見ると
建物全体は甲板船の様にも見え
廊下や階段も
船舶を連想させる
まさに
移民ための建物である
以後自己責任となります。
とでも書いてあったのでしょうか。
敗戦後移民は棄民となって苦労した方が多いと聞きました。
その原点がこの事務所だったのですね。
やはり港の近くにあるんでしょうか。
和歌山から南米に移住した人が多かったと
何かの本で読んだことがありますが、
神戸からも渡って行った人が多かったのですね。
後に軍の施設とか看護婦の養成機関とか
移り変わって歴史を感じさせますね。
ほんと、
船内のような雰囲気ですね。
移住を意識したものでしょう。
夢と希望を胸に、
ここから旅立っていったのですね。
そう考えると、
感慨深いです。
そんな神戸の景色ですね。^^;
それは知りませんが
かなり無責任だったろう事は想像できますね
移住された先でもかなりの苦労があったと
ものの本で読んだことがあります
和歌山の方々も此処から渡航されたのだと思います
この建物は海沿いではなく
山麓にあります
ここから約2km先が海の立地です
でもどこか違う
よくよく解説を読んでみると船内を模している
確かにそんな感じがしました
夢と希望が渡航先の国で打ち破れた
そんな時代の遺産です
北野工房の北側に山麓にあります