ひからびん通信

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郵便不正事件無罪判決が提起する問題点

2010年09月13日 | 事件・裁判
村木元局長に無罪=検察構図を全面否定―障害者郵便悪用事件・大阪地裁(時事通信) - goo ニュース
 まず,障害者団体向け割引郵便制度悪用事件がどのような事件であったかを振り返る。
 障害者団体とされる「凛の会」や「健康フォーラム」は,2006年から2008年ころ,大手家電量販会社,紳士服販売会社等のダイレクトメールを障害者団体の発行物と装い,11社の広告主のダイレクトメール約3180万通を違法に発送し,正規に払うべき料金との差額約37億5000万円の支払いを不正に免れたというのが郵便法違反事件である。
 
 一連の捜査により,広告代理店役員,DM発行会社関係者等多数の関係者が略式起訴されるなどし,さらに厚生労働省元局長の村木厚子が,平成16年6月,実態のない障害者団体「凛の会」に郵便料金の割引を認める厚労省の偽の証明書を部下の上村係長に指示して作成させたとして,同年7月4日,有印公文書作成・同行使罪に問われて起訴された。
 そして逮捕後,約5カ月にわたる勾留を経て保釈され,その後平成22年9月10日,大阪地裁は,村木被告が部下に指示して偽証明書を作成させた事実は認められないとして無罪を言い渡した。
 
 この裁判において,大阪地検特捜部が,描いた事件の構図(ストーリー)は次のようなものであった。
 自称障害者団体の「凛の会」の元会長・倉沢邦夫は,2004年2月,かつて秘書として仕えた参議院議員石井一に,凛の会が障害者団体であることの証明書の発行を厚労省に口利きしてほしいと依頼した。
 その後,石井議員は当時厚労省の塩田幸雄部長に証明書発行の口利きをし,塩田部長が当時部下の村木課長に証明書の発行の指示を行い,さらに村木被告が部下の係長・上村勉に証明書作成を指示をして,上村が虚偽の証明書を作成してこれを村木被告に渡し,さらにこれが村木被告から倉沢に渡したというものであった。

 そして検察は,このストーリーにしたがって,倉沢,塩田,上村ら厚労省関係者らおよび村木被告を取り調べ,否認と続けた村木被告を除く関係者全員から,検察のストーリーに沿った供述調書を作成した。

 しかし,公判ではそれら検事調書の取調べは弁護人から不同意となり,証人として出廷した倉沢,上村らは,一転して捜査段階の供述を翻して否認し,「調書は検事が勝手に作成した作文であり,強引に署名を押し付けられた」旨証言した。
 
 ここで問題となるのは,検事調書の任意性と信用性の有無降り調べメモを廃棄していることだ。

 取調べにあたり,各検事は,その都度取調べの状況,内容等をメモとして作成し,このメモを参考にしながら具体的に供述調書を作成していく。また取り調べメモは直接証拠として裁判に提出されることは少ないが,裁判において,調書の任意性や信用性が争われたときには,任意性・信用性の立証に供する補助証拠として用いられる。

 なお,簡単な事件ではメモの作成が省略されるケースが多いが,本件は政治家への波及を念頭に置いた重要事件であり,メモは必ず作成されていたと思われる。

 報道でも明らかなように,最高検も,取り調べメモは証拠開示の対象となるものであって,供述の任意性・信用性の立証に重要なものであるから,その保管は慎重に行うように通達している。

 しかし,公判廷に出頭した6人の検察官は,一様に作成した取調べメモは廃棄した旨証言した。
 廃棄の理由には合理的な説明はなく,裁判所は取り調べメモの廃棄は不自然と考えて検察に不信感を抱いた。
 そのことと相まって,偽の証明書の作成日が上村のフロッピーディスクの記録と齟齬すること,村木被告が倉沢に偽の証明書を渡した厚生労働省の課長席前の位置関係・状況が客観的状況と食い違うこと,倉沢が石井議員に口利きを依頼したという日時石井議員は千葉のゴルフ場にいたというアリバイがあること等から,供述調書の内容は客観的証拠と合致しないなどとして,各調書の証拠請求を却下し,無罪判決する至った。

 きわめて明快な無罪判決であり,検察の描いたストーリーは砂上の楼閣のように崩れた。

 取調べメモも文字によって表示された思想の記載であり,捜査ならびに裁判において証明に供されるものであることは明らかであり,現に裁判所においても,検察官に取り調べメモの提出を促している。
 
 したがって,もし検察官が取調べメモを正当な理由なく廃棄したとすれば,公用文書毀棄罪(刑法258条,3月以上7年以下の懲役)の罪責を問われる恐れがある。

 また,弁護側も,当該取調べメモは,今も大阪地検庁舎内に保管されているのではないかという疑念も持っていたのではないか。
 最高検から取り調べメモの保管・管理を指示されていながら,各検察官が勝手に自分の判断だけで廃棄することは考えられないのであるから,仮に取り調べメモが,廃棄されておらずまだ存在しているとすれば,検察官は公判廷で偽証(刑法169条,3月以上10年以下の懲役)したことにもなってしまう。
 
 このように今回の判決は,判旨の中で直接検察の捜査の在り方を批判することはなかったが,検察捜査に対する根源的な問題を提起していると考えざるを得ない。

 これまでにも捜査の在り方について,志布志事件や氷見事件の検証も行われてきたが,その成果はまだ見えていないのであって,失われた検察の信用を回復するために何をすべきかをもう一度考え直さなければならない。

 なお,判決後の記者会見で,村木さんは無罪判決があったことの喜びを素直に表し,あえて検察の取調べの不当さなどを非難するようなことはなく,逆にこれからも検察を信頼していきたい旨語った。
 そのような村木さんの人柄に触れることができたのが,今回の事件の救いだったような気がする。
 
 
 

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