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アメフト観戦記や読書日記を綴っていましたが、最近は古墳(コフ)ニストとして覚醒中!横穴式石室をもつ古墳にハマっています。

北大阪の古墳⑥ ~今城塚古代歴史館~

2021-09-18 22:37:55 | 博物館へ行こう

 今城塚古墳がある公園から古墳のガイダンス施設である「今城塚古代歴史館」へは、公園の北西部から、老人福祉施設の間の専用通路を通っていく。

 

 館内の展示としては、6つのパートに分かれている。

 1 三島の古墳時代前史

 2 三島と初期ヤマト王権

 3 倭の五王と三島

 4 今城塚古墳の実像1 ~巨大古墳の築造~

 4 今城塚古墳の実像2 ~大王の葬送儀礼

 5 学芸員の部屋

 6 古墳時代の終焉

 展示は、今城塚古墳が登場する前、三世紀ごろに築造された安満宮山古墳から始まって、三島地方の古墳群から今城塚古墳までの歴史的な流れを今城塚古墳と繋げている。

 

 ただ、やっぱり今城塚古墳の展示は、10年近くも実施されていた発掘調査の成果をもとに造られており、発掘調査が行われた唯一大王墓であるため、その成果は目を見張るものがあり、それに基づくものなので、他の古墳のこういったガイダンス施設と比較するとその情報量は群を抜いているような気がする。しかも、入館料は無料だ。

 今城塚古墳の実像のコーナーに行くと、古墳づくりの様子を再現している。

 

 葺石の石は、近くの芥川から運ばれてきたものであり、面白いのは、区域を区切って、工事をおこなっているのがわかるところであり、おそらくは、当時、工事監督なりの人物がいて、ちゃんと施工管理をしていたのだろう。

 

 今城塚古墳で検出された円筒埴輪。円筒埴輪も墳丘や内堤にずらりと並べられていたのだが、その中でも特徴的なのが船の形を刻んだ円筒埴輪が多数見つかっている。

 

 船の形を刻んだ円筒埴輪については、埴輪の製作工場である新池埴輪遺跡でも見つかっている。埴輪に刻まれている船の形にも様々なものがあり何のために刻まれたのかあまりよくわかっていないのだが、海や淀川を航行していた船の姿を刻んていたのかもしれない。淀川の流域にあったと伝えられる筑紫津とのつながりが想像される。

 後述するが、今城塚古墳の石棺の材質は、阿蘇のピンク石だったり、兵庫の竜山石だったりする。これらを船で運搬してきたのだろうから、海運と大いにつながりがあったと考えられそうである。

 次に埋葬施設であるが、横穴式石室であったと考えられているが、伏見地震の前に破壊され、失われた可能性が高いとのこと。

 そして、その横穴式石室の中には、3つの石棺が収められていたと考えられている

 ↑これは、粉々になった石棺の一つ。阿蘇のピンク石で作らていたようだ。

 これは、もう一つの石棺の石材で、近くの二上山近くで採れた石材を使用したものである。

 三つめが、兵庫の竜山石を利用したものである。しかし、何故これらの石棺について、違う産地のものをはるばる遠方から運んだのだろうか?また、この三つの石棺は誰が埋葬されたのだろうか?なぞはなぞを呼ぶ。

 

 ただ、3つの石棺を考えるとき、日本書紀に引用されている「百済本紀」の記載、天皇と太子、皇子の三名が同時に亡くなったというものが気になる。つまり、継体天皇と太子、皇子のものというわけである。

 そうすると、継体、安閑、宣化の三代と欽明との二朝が並立して存在し、国内が内乱状態にあったとして、いわゆる「辛亥の変」を想定する学説が戦後まもなくから提唱されているが、その学説が新たに思い出さされるところである。それに基づいて継体以下3名が、その石棺の主と考えても面白そうだ。石棺の違いも説明できそうではある。

 

 また、復元した横穴式石室の下の基盤工である。

 最後に、大王の葬送儀礼を再現した形象埴輪が多数並んでいる。

 

 

 とにかく継体天皇の時代というのは、日本社会の変動期であったのは間違いない。考古学的に言えば、群集墳などもこの時期から増加し始めている。また、旧来からの豪族、大伴氏などが没落し、物部氏、蘇我氏などの飛鳥時代に活躍した豪族が、新たに姿を見せ始めている。

 最後のパートで、藤原鎌足と阿武山古墳についてのスポット展示があったおもわず図録を買ってしまったよ。学生時代、ちょうど阿武山古墳を発掘した写真が、発表されて大いに話題になったものだ。

 今回は、北大阪というか三島地方に古墳をいくつか見て回った。まだまだ多くの古墳がありそう。暇を見つけては古墳巡りをしてみようと思う。北大阪の古墳シリーズは、今回でいったん終了です。

 


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