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アメフト観戦記や読書日記を綴っていましたが、最近は古墳(コフ)ニストとして覚醒中!横穴式石室をもつ古墳にハマっている。

馬見丘陵の古墳⑥ ~佐味田宝塚古墳~

2020-02-17 07:15:41 | 史跡を歩く

 「馬見丘陵の古墳① ~牧野古墳~」の記事で佐味田宝塚古墳をめざすもアクセスする道が分からず古墳にたどり着くことができなかったということを書いてから、しばらくして、佐味田宝塚古墳を探索する機会があったので、今度は反対側、馬見丘陵古墳公園の方からアクセスを試みることにした。

 馬見丘陵公園と竹取公園の間にある巣山古墳西という交差点から、一旦北へ向かうわき道に入ると、川を越えたあたりで西へ入ると、しばらくして、佐味田宝塚古墳への行き先を示す道標がある。この方向へ西に向かって歩き始めればよい。

 

 途中、道がかなり湾曲したり、古墳だと見当をつけたところが違ったりと紆余曲折があり、道が間違っているのではという不安にも駆られるが、とにかく、とにかくこの道を信じていく。

 

 すると、道の左側に案内板とカーブミラーが見える。案内板の後ろにある林が佐味田宝塚古墳である。

 

 佐味田宝塚古墳は、明治時代に盗掘を受けた時に、副葬品として銅鏡が36面と多数発見されたことで知られている。一つの古墳から発見された枚数としては、日本国中でトップクラスである。出土した銅鏡については、中国からもたらされたと考えられる舶載鏡や日本で制作された仿製鏡があり、その中でも家屋文鏡は、この古墳からしか見つかっていない。

 家屋文鏡とは、国内で造られた仿製鏡で鈕を中心に、入母屋の高床式建物、切妻造の高床式建物、入母屋の平地式建物、入母屋の竪穴住居が描かれたものである。当時の建物をすることができる貴重な資料であり、この銅鏡のレプリカは、馬見丘陵公園館に展示されている。(写真撮るの忘れた!)

 

 佐味田宝塚古墳は、全長100m、後円部50m、前方部幅40mの前方後円墳で、4世紀の後半から5世紀の初めに造られたと考えられている。馬見古墳群の中でも初期に築造された古墳の一つである。

 ちょうどカーブミラーを境に、左側が後円部、右側が前方部となっている。ただ、雑木林になっていて墳丘の形は、はっきり見えない。

 ただよく見ると広場の方から墳丘の方へ行くけもの道らしきものがあり、それに従って進んでみる。

 

 さらに中へ進んでいく。雨上がりのため道が滑りやすくなっている。

 

 藪の中に入ってみると、マウントが二つあり、どちらも円形をしているようである。左へ向かうも、(無理をする行けるようだが)行き止まり。もう一方は道が続いているのだが、道が滑って登ることが出来ず、ここで断念。

 

 ただ、案内板の地形図を見ると、後円部の南側にもう一つ古墳らしき高まりの存在が示されている。

 

 どうやら、この高まりも古墳のようで、調べてみると、貝吹山2号墳と呼ばれる直径30mほどの円墳であるとのこと。ただし、詳細は不明である。

 また、貝吹山1号墳と呼ばれる古墳が、佐味田宝塚古墳の後円部の北側にあるそうだが、開墾のためかなり破壊されていて墳丘等はわからなくなっているそうだ。ここからも銅鏡が7面出土している。

 藪の中から出て、古墳の前の広場に戻る。

 

 せっかく、古墳の前は、小さな広場で整備しているので、せめて草だけでも刈って墳丘の形が見える程度の管理はしてほしいなあと思う。費用のかかることなので何とも言えないが・・・。

 

 まあ、心残りの一つが解消されたので満足、満足。

 

 帰り道に見えた新木山古墳の姿。のどかな田園風景であった。


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