あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

西と東の交わり 5

2013-05-24 | 
タイ曰く、撃つの簡単 担ぐの大変。なんだそうな。
これから肉の塊を小屋へ運ぶ作業が待っている。
今日撃ったシャミーは体重50~60キロぐらいか。それが2頭。
肉は後ろ足と背中のヒレ肉だけとったけど、それでも全部で20キロぐらいはあるはずだ。
2人ともバックパックを途中に置いて来たので、モモ肉を肩に担いで運ぶ。
はじめ人間ギャートルズみたいだ。
10キロの肉の塊を担いで急坂を登るなんて、この国に長くいるけどこんな経験初めてだ。
この経験も財産なり、ありがたや。
ザックを背負っていればなんてことない重さだけど、肩に担いでいるとバランスを取りづらい。
しかも日は落ち足元もよく見えない。僕はヘッドライトをバックパックの中に置いて来てしまった。
それでも僕達は獲物を仕留めた興奮と達成感で会話も弾みながら歩く。
「タイよ~、10回見て3発撃って1頭仕留めるんじゃないのか?」
「それは鹿打ちの話ですね。シャミーは鹿ほど警戒心がないのかなあ。冬に上のハットの近くで見たときにはしばらく逃げなかったですよ。この場所も前から狙っていたんですよ。」
なんとかバックパックの置いてある場所にたどり着き一休み。
中の余計な水は捨てて、バックパックに肉塊をくくりつける。
これで大分楽になった。
だが歩いているうちに肉がずり落ちてくる。
2人であーだこーだやっていると、上手い具合に足が納まる場所があった。
「そーか、これは今まで何に使うのかなあって思ってたけどこうやって使うんだな。写真を撮ってスポンサーに送ってやろう。『この機能はシャミーの足を運ぶのに最適です』ってな」
絶対にこういう用途に為にデザインされたわけではないだろうが、現場での判断は絶対である。





小屋に着く頃には完全に日は暮れ、空には満点の星空が広がっていた。
さっと着替えを済ませ暖かい格好になりビールを持って外に出た。
「乾杯~、おっと今日も大地にだな。『大地に』」
「大地に」
そして乾杯。
良く冷えたビールが喉にしみる。
昨日は海で夕日を見ながら、そして今日は山で星を見ながらビールを飲む。
なんという1日だろう。
朝は海岸沿いをハイキングして、午後は氷河の脇で水晶を拾い、宵は肉をえっちらおっちら担ぎ上げた。
密度の濃い時間、というものがある。
1日中ぼーっとテレビを見ていても1日、こうやって精力的に活動していても1日。
自分が今ここで『生きている』という感覚を持つ時間、それをぼくは密度の濃い時間と呼んでいる。
そして今、こうやってこの場所にいられるのも目の前のこの若き男なしにはありえない。
「タイよ、こんな所で日本人云々などと言うと、ずいぶんちっぽけな話になってしまうけどよ、ニュージーランドに住んでいる日本人でお前ほどのヤツはいないぞ」
「いやあ、そうですかあ」
「そうだとも。同時に日本人であればこそ、という感性も大切だな。『命をいただきます』とか『食べ物を無駄にしない』とかだ。まあ、それもお前は分かっているだろ?」
「そうですね」
「あとね、日本人であればこそ、どうやってこれを食うかという創意工夫だよな。シャミーの塩麹漬けとか、味噌漬けとかどうだ?」
「いいですねえ。なんか腹減ってきましたね」
「そうだな、腹減ったな。ガイドさん、今日の晩御飯はなんですか?」
「今日はカツオのヅケ丼、クレソン添えです」
「くぁぁ、山小屋でそれですか、なんというご馳走」
「いいでしょ?じゃそろそろ準備しますか」



山小屋の中で米を炊く。
タイが若い友達に米の炊き方を教えているのが微笑ましい。
僕は白ワインなぞ呑みながら、それを見る。
昔は駆け出しの小僧だったが、大した男に育ったものだ。
それもみな、この国の自然が育てたものだ。
そういう自分もこの国にやっつけられながら、育てられてきた。
そして今もまだ、この地の奥深さを見せつけられている。
留まっていない。前に向かって進んでいる。
これから先、ヤツがどういう人間に育っていくか楽しみである。
同時に自分もどういうふうに老いていくか楽しみなのだ。
山小屋で食うカツオのヅケ丼はもちろん旨く、ワインの酔いにまかせ泥沼のようにずぶずぶと眠りに落ちていくのであった。



窓の外の空が白くなってきた。
時計を見ると7時。
寝袋のぬくもりが心地よい。
僕はこの寝袋を20年も使っている。
厳冬期の冬山では使えないが、今までこれで寒いと思ったことは無い。
使っていて何も不便さはないので、使える物は直して直してその物が磨耗してこの世から消えるまでいつまでも使い続ける、というキウィスピリットを実践しているわけだ。
物も意思を持っている。
人が愛を持って使えば物もそれに答えてくれる。
物であろうと人であろうと、所詮は自分の心を映し出す鏡だ。
その寝心地の良い寝袋からモソモソと這い出し小屋の外に出る。
朝のきりっとした空気が僕を包む。
東の空には青空が見えるが西の方から厚い雲が押し寄せている。予報どおり天気は下り坂だ。
朝食をさっと済ませ、小屋をきれいにしてヘリを待つ。
リチャードが双眼鏡をよこして言った。
「向こうの谷間にターがいるぞ、見てみな」
覗くと氷河を挟んだ反対側の斜面に黒っぽい大きな動物が数頭。
ターはシャミーより毛も長く体が大きく、100キロぐらいの大きさになるとか。
昨日のシャミーの2頭分の大きさか。
タイの家にはこの動物の毛皮が敷物になって敷いてある。
これがなかなか素敵なのだ。
毛皮を取るには昨日のような捌き方ではなく、腹の方からさばいて内臓を取り出して、という別のやり方になるだろう。
カツオを捌くのと訳が違う。
それに今度はどうやってそれを持ってくるんだという話にもなる。
うーむ、奥が深いぜ。





ヘリが遅れている。
会社はお客さんが優先。割引料金で乗るローカルは後回しとなる。
その間タイが山の説明をしてくれた。
冬にスキーをするにはどういうルートでどういう装備が必要か。
どこぞの斜面でシャミーを見たから、次はスキーとハンティングを組み合わせてみようか、とか。
ヤツの話を聞いていて思った。
ここはヤツの庭だ。
この山で7年もこんな事をしてきたヤツの経験、そのとてつもなく大きな財産を僕は垣間見た。
10年前に弟子入りを望んだ男は、今や師匠をはるかに越え、次の世代の人達に教える立場になっている。
「次はスキーをしに来て下さいよ。小屋に何泊かしてこの辺りの山を滑りましょう」
「それもよさそうだな」
どうせ山の技術ではヤツにかなわないんだ。
ならば厄介になってもいいだろう。
その時はJCをはじめ、北村家一軍のスキーキャンプをここでやりたいものだ。





ヘリが来て荷物を積み込み、アルマーハットを後にした。
そして数分後にはフランツジョセフの街に着き、その10分後には街のカフェでコーヒーを飲む自分がいた。
「まるで『どこでもドア』でしょう」
タイが笑いながら言った。
確かにそうだ。歩いたらさっきの場所からここまで12時間、それもザイルを使って懸垂下降したりというおまけつきだ。
それをタイは経験済みである。
僕はやったこともないし、これからやることもないだろう。
その差は大きい。
それから見れば、ヘリコプターでひとっ飛びはまさしく『どこでもドア』。
うまいことを言うもんだ。

もうちょっと続く。
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4 コメント

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面白すぎる♪ (Kana)
2013-05-24 06:55:45
まだ新しいハットなのかな?
わたしは一人でここに一晩一日佇んでいるだけで
幸せかも^^

いろんなものがいっぱい見えてきそうだなぁ

ひっぢさん
もっとこういう冒険記事いっぱい書いてね♪
楽しみにしてますよん^^
返信する
シャミー (yoshi)
2013-05-24 06:56:52
ザックで担ぐシャミーと聖さんの姿に頬がゆがみましたw
すごいですね!
捌いたあとの獣をザックにつけるって。。
血が着いたり、臭くなりそうな気がするんですが・・・
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冒険記事 ()
2013-05-24 13:10:46
かなちゃん

冒険記事をたくさん書きたいけど、そうそう冒険ができるわけではない。
タイにとってはこれが日常茶飯事なんだけどね。

ハットがきれいなのはペンキを塗ったから。
前日はDOCのスタッフがペンキ塗りをして、その人達を迎えに行くヘリに便乗したのさ。
返信する
 ()
2013-05-24 13:13:17
Yoshiさん

一応、肉が直接ザックの生地に当たらないようにビニールを当ててあるんだよ。
それぐらいの配慮はしますがな。
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