大国聖・日蓮聖人のお言葉

日蓮聖人のお言葉を抜粋し、達意的に解釈して紹介していきます。日蓮門下のみならず、一人でも多くの人に見ていただきたい。

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城者破城

2005-07-10 | 生死一大事血脈抄
あまつさえ日蓮が弟子の中に、同体異心の者これあれば、例せば城者として、城を破るが如し。

生死一大事血脈抄よりのお言葉であるが、引用されるお言葉としては、この前段が多い。
生死を超えた生命に託された一大事の血脈、それが異体同心で唱えるお題目と聖人は断言されたその部分である。
しかし、掲出した部分をないがしろにすると、門下は内部崩壊の危機をたどる。
そこを日蓮聖人は危惧され、釘をさされたのである。

今の日蓮聖人の門下は、「門下」と称しながら、何ゆえ同心できないのか。
破城の門下ではなく、堅固な城を築かねば、広宣流布もままならないと感じる。
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2 コメント

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ご活躍祈念します (デグ)
2005-07-10 10:31:01
こういうブログを待っていました。ありがとうございます。

ご活躍を祈念致します。

日蓮門下において、思いの齟齬が生じるのはどういうことでしょう。己の道のみが正しいのだとの増上慢的境地にはなっていないか。

田中智学という先生が次のような言葉を表している。

「観解円ならざれば、業障内に動き、報障四囲を紛し、惑障時に台頭して、正信正念を動揺せざるまでも、不測の魔縁、之に乗じて紛動し、思はざる障害を及ぼす。」

「観解円ならざれば」とあるが、「慈悲心に溢れているか、忘れていないか」との思いを抱いている。

佛の教え、日蓮聖人の教えに帰依しようとする思いは尊いのだが、いかんせん凡夫。教訓として胸に刻みご修行に励んでこそ、次に繋がると拝します。恐々謹言

コメントありがとうございます (天晴)
2005-07-10 11:35:17
日蓮聖人の発心の動機の一つには、「一人のお釈迦様の教えが、どうして10宗、8宗と分かれているのだろうか?」という疑問がありました。

それを現代的に言えば、「一人の日蓮聖人の教えが、どうしてこのように多くの派を生んでいるのか?」となります。

だからこそ、「日蓮聖人に還る」必要があると編集子は思います。

身延の日蓮聖人の祖廟を拝し、「異体同心」の決意を新たにすべき日を迎えたいものです。

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