ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

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全仏は、やっぱり、ローラン・ギャロスでなくちゃね!?

2011-02-18 20:54:49 | スポーツ
テニスのグランド・スラム(le Grand Chelem)のひとつ、全仏オープン(les Internationaux de France, le Tournoi de Roland-Garros)は、毎年5月末から6月初めにかけて、パリ16区、ブローニュの森にあるローラン・ギャロス(le stade de Roland-Garros)で行われています。4大トーナメントでは唯一のクレー・コート。24面あり、センターコートは1万人収容のスタジアム。1928年からここが世界のトップ・プレーヤーが栄冠をめざして死闘を繰り広げる舞台になっています。

ローラン・ギャロスの名は、1913年に初めて地中海横断飛行に成功した飛行家にして第一次大戦の名だたるパイロットだったローラン・ギャロに因んでいます。30歳の誕生日を翌日に控えた日に戦死したこの稀代な飛行機乗りに因んだ名前のせいか、手に汗握る接戦や、大番狂わせがよく起き、その赤いクレー・コートの印象も相俟って、「赤土には気まぐれな神が棲んでいる」と言われるようですが、「赤土」を「フランス」に置き換えるべきなのではないか・・・などと余計なことを考えてしまいます。

さて、そのローラン・ギャロス競技場ですが、4大大会の中で最も狭い会場で、さまざまな場所で混雑が見られ、不評を買っていました。そこで、より広い場所での開催を、という声が上がり、2016年大会以降の会場の移転、あるいはローラン・ギャロスの拡張、という方向で立候補とプレゼンテーション、投票が行われました。まるでサッカーのワールドカップ開催国を決めるようなプロセスですが、結果は日本でも報道されていたように、ローラン・ギャロスを拡充することになり、2016年以降も今まで通り全仏オープンはブローニュの森で開催されることになりました。

この決定の舞台裏を、13日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

2016年からも全仏オープンはローラン・ギャロスで行われることになった、という13日朝の発表を受けて、さまざまな反応が伝わっている。立候補した4都市のうち、ゴネス市(Gonesse)が最も落胆したようだ。市長の代理人は、憤懣やるかたないといった風情で、次のように語っている。ゴネス市はパリの北郊にあり、近隣のサン・ドニ市がスタッド・ドゥ・フランス(le Stade de France:サッカーのフランス代表の試合などが行われる競技場)の誘致に成功したように、全仏オープンの会場を誘致したかったのだが、そうはいかなかった。フランスのテニス界は、いまだに貴族主義、エリート主義で会場を選んだのだ。

さらに続けて・・・ローラン・ギャロスはグランド・スラムでは相変わらず最も狭い会場のままで、フランス・テニス界にとっても、パリ首都圏(パリ市周辺)にとっても、21世紀のふさわしい会場を手にする機会を逸した。しかし私は、今回の決定に驚きはしないし、がっかりもしていない。なぜなら、ゴネス市が会場に選ばれるだろとは思っていなかったからだ。1年前、パリ市(ローラン・ギャロス)の提案はフランス・テニス連盟(FFT:la Fédération française de tennis)を満足させることができなかった。しかし、われわれの立候補を受けて、テニス連盟はパリ市にプレッシャーをかけ、最終段階でパリ市が譲歩し、テニス協会の納得できる案を提示したことにより、パリ市(ローラン・ギャロス)が選ばれたのだ。

一方、フランス・テニス連盟のジャン・ガシャサン会長(Jean Gachassin)は、テニス連盟の委員たちは勇敢な、そして立派な選択を行ったと自画自賛。ローラン・ギャロスを支持しつつ、次のように述べている。とても勇気のいる、決断力に富んだ、立派な決定だ。ローラン・ギャロスは、今回の決定により、これからも大会の巨大化という世界の流れの中で、他のグランド・スラムとは異なる、輝かしい大会として存続することになる。

フランス・テニス連盟の195名の委員が、パリ(ローラン・ギャロス)、ヴェルサイユ(Versailles:パリの南西郊外)、マルヌ・ラ・ヴァレ(Marne-la-Vallée:パリの東郊外)、ゴネス(Gonesse:パリの北郊外)の4候補地の中からローラン・ギャロスを選んだわけだが、ガシャサン会長はさらに続けて、フランス・テニス連盟は他のグランド・スラムと一線を画する個性ある大会というプロジェクトを選んだのだ。将来を見据えながらも、われわれの価値を守るという、画期的な選択だった。

拡充された後でも、ローラン・ギャロスは8.5ヘクタールが13.5ヘクタールに広がるだけで、4大大会で最も狭い会場であることに変わりはない。しかし、ローラン・ギャロスを選んだことについて、ガシャサン会長は、説明を続ける。全仏オープンの強烈な印象、世界的な輝きは、この大会がパリで行われているからだ。もしこのことを考慮に入れなければ、より広い会場を選んでいたかもしれない。実際、いったんはヴェルサイユに心動かされたのだが、最終的には、パリの提案が4候補地の中で最も素晴らしいものだった。

政界からも、賛否両論の声が上がっている。与党・UMP(国民連合)からは、Jean-François Lamour(下院議員兼パリ市議会議員・市議会UMP幹事長)とClaude Goasguen(下院議員兼パリ16区区長)の両名が、ローラン・ギャロスを支持したフランス・テニス連盟の決定を歓迎している。パリ市、16区とともに今回の決定を喜びたい。世界規模の全仏オープンが行われることにより、スポーツの世界でも、また経済的にも恩恵に浴することになる。こう述べるとともに、パリ市での開催を守るために、数週間前から、力添えしたことを明らかにしている。特に、ローラン・ギャロス周辺でのスポーツ施設の整備、例えば、ポルト・ドトゥーイユ(la Porte d’Auteuil)での体育館の建設、エベール(Hébert)での学生用陸上トラックの維持などによって、スポーツ環境を整備し、ローラン・ギャロスにスポーツの中心としての価値を与えた。

一方、欧州環境緑の党(l’Europe-écologie les Verts)のYves Contassot(パリ市会議員)は、フランス・テニス連盟はオトゥーイユの植物園(le jardin des serres d’Auteuil)を潰すかもしれないというパリ市のローラン・ギャロス拡充案に屈したのだ。その決定は、一部には嘘が混じる保守的な考えによるものだ。ローラン・ギャロスはパリ市の一部であり、全仏オープンの恩恵を周辺のイル・ド・フランス地方と分かち合うことを拒否したようなものだ。法的にしろ、財政的にしろ、環境面からも、パリを選んだことにより、多くの困難な障害が待ち構えていることを思い知ることになるであろう。

・・・ということなのですが、ゴネス市の言う通り、テニス界はまだ貴族趣味、エリート意識が強いのかもしれないですね。テニスは生活にある程度ゆとりのある人のスポーツというわけです。従って、パリ16区のローラン・ギャロス、次に心動かされたのがヴェルサイユ。どちらも富裕層が住むシックな地域。一方、パリ北郊は移民が多く住む地域。サッカーは庶民のスポーツなので、スタッド・ドゥ・フランスはサン・ドニで良かったのでしょうが、テニスはそうはいかない。パリの北郊はどう見てもおしゃれなカルティエではないですからね。そうした地域をテニス界が大きく変えてみせる・・・というふうには考えないようです。確かに、犯罪とかを考えれば、来場者のためにもより安全でおしゃれな地域で、となるのは否めません。

そして、スポーツとカネと政治。どうも、いつも三点セットになっているようですね。全仏オープンでも。選挙区の利益のために、政治家が動く。選挙民への利益誘導。そこでは、当然、お金も動いていることでしょう。良い悪いは別に、これが現実。これが現代人の姿なのでしょうね。

せめて、勝負の世界では、真剣勝負を期待したいものですが、八百長や買収が多くの国で問題視されています。日本の相撲界は言うに及ばず、中国のサッカー界、イタリアのカルチョ(サッカー:あのユベントスが数年前、2部落ちしました)・・・また、選手たちのドーピング(ツール・ド・フランスでもいつも問題になっています)。

古代ローマ時代から、「パンとサーカス」と言われてきました。食糧と娯楽さえ与えておけば、市民は政治から目をそらし、抵抗することもない。愚民化政策ですね。しかし、いまや、需要の拡大と投機マネーの流入で食糧が値上がりしている(コーヒーの値上げが大きく報道されていますが、小麦や綿花をはじめ多くの農産品が値上がりしています)。そして、娯楽は金まみれで、無心になって楽しめなくなってきている。これでは、いくら「愚民」でも、政治に関心を持たざるを得なくなるのではないでしょうか。

それとも、まだ我慢の範囲なのでしょうか。
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