神戸の小父さん日記

五十代サラリーマンのオフタイム

シューマン 交響曲第1番変ロ長調「春」Op.38

2005年08月31日 | 音楽
 本日のウォーキングBGM。演奏はSaint Louis Symphony/Jerzy Semkow。
 1841年初演。作曲者31歳。
 まさに春ですね。元気一杯で、人生を謳歌している感じがします。いわゆる元気をもらえる曲ではないでしょうか。
 シューマンは私にとって山本七平氏の言う「掘り起こし共鳴現象」を起こす作曲家ではないかと思います。この曲も古今の名曲とは言えないかもしれませんが、すごく気に入っています。どの作曲家もそうですが、シューマンにも強烈な個性があります。彼の場合は一種「くせ」と呼びたくなるような点ですが、これにはまってしまうようです。
 ところで何故セントルイス交響楽団かといいますと、あの俵孝太郎氏がご推薦だったからです。で、どうかというと、まったく不満はありません。機嫌よく聴いています。

CDの値段

2005年08月30日 | 音楽
 先日大阪のCD屋さんでモーツァルトの交響曲全集を買いました。これが10枚組で1700円なのです。レーベルはMembran Musicで、演奏はA.アリゴーニ&オーケストラ・フィルアルモニカ・イタリアーナ。もちろん知りません。いわゆる海賊版とは違うと思うのですが、確信はありません。解説書もありません。(モーツァルトの交響曲にいまさら解説書はいりませんが)でも安いですね。国産のCDの二十分の一ではないですか。演奏も一応(?)プロの演奏家ですからそれなりです。これで儲かっているのなら一体原価はいくらでしょう。本当に不思議な世界です。

パソコンは欠陥商品

2005年08月29日 | その他
 さっきからパソコンのネット接続がうまくいかず、二回も再起動をかけてようやくつながりました。一体何なんでしょうね。
 考えて見れば、パソコンはある意味画期的な商品です。何が画期的かというと障害が起こることを許容した商品である、という点です。普通、ユーザーが使っていて障害が起こっても、ハードならびにソフトメーカーもなんら悪びれたところがないというのはよくよく考えると本当に異常です。障害のリスクを考慮しても余りある効用ということなのでしょうが、ここまで普及して十分な利益を蓄えたにも関わらず、相変わらず不完全な商品のままというのは、デファクトスタンダードの居直りとしか思えません。やはり競争なき世界は堕落するのでしょうね。Windows対抗馬の奮起を促したいと思います。

BGMについて

2005年08月28日 | 音楽
 先日、パソコンで単純作業しているときのBGMはあまり音楽が主張しないものが良いと書きましたが、今日スポーツクラブでヨガの親戚みたいなプログラムをやっているときのBGMがまさにそれでした。おだやかな和声、おだやかなメロディーで、比較的短いフレーズが繰り返し出てきますが、個性が強くないのでしつこさすら感じません。これはひょっとして訳文を考えているときにも効果的なんじゃないかと思いましたので、来週TSUTAYAでそれらしいのを借りてきて試してみます。
 でも、この種の音楽の演奏をやるのは大変でしょうね。はっきり言って面白くないでしょうね。少なくとも今日聞いたようなBGMを自分で演奏したいとは思いません。まあ最近のことですから、コンピュータで音を作っている可能性はありますが、よく分かりませんでした。

今日はリコーダー練習日

2005年08月27日 | 音楽
 今日はバッハのフーガの技法の第一曲をやってみました。まあまあイメージに近い音だったかなと思いました。でも、細かいところは人によって吹き方が違うので、「水も漏らさぬアンサンブル」にはどうしたってなりようもないのですが。テノールを担当しましたが、途中低い音域で主題を受け持つ部分があり、うまく響かせられないのには技術の無さを思い知らされました。
 それとタリスの「エレミアの哀歌第一番」。これはベースを担当したのですが、やはりルネサンス時代の名作を吹くのは気持ちがいいですね。もう少しお互いにピッチを合わせられるだけの技術があれば言う事は無いのですが。まだまだ練習しないといけないでしょうね。
 ベースリコーダーを始めてまだ三月ほどですが、うまく吹けると気持ちが良い楽器ですね。音楽の土台を支えている感じもいいです。支えの右手の親指が痛くなるのと、重いので肩が凝るのが玉に瑕ですが、もう少しうまくなれば木製の楽器を買おうと励みにしています。

RED SPIRIT/Humphrey Hawksley

2005年08月26日 | 翻訳・英語
 以前に紀伊国屋の洋書セールで420円で購入していたもの。この値段ほどの値打ちはありましたね。ちょっと中国という素材が大がかり過ぎて、話に無理がある部分はあります。何といってもヒロインが始皇帝の墓を調査する考古学者で、しかも前の夫も恋人も謎の組織の一員で、中国で鉢合わせという、ほとんどリアリティのないストーリーですが、割り切ればまあまあ楽しめるのではないでしょうか。敵役も筋金入りの悪ですしね。
 文化大革命の記述とか、毛沢東に関する逸話は興味深いですね。それにしても中国人の名前をアルファベットで書くと、歴史的な人物はなまじ漢字で見知っているだけに誰だか分からないと気分が悪いですね。Deng Xiaopingくらいなら何とかなるのですが…。

マーラー 交響曲第3番 ニ短調

2005年08月25日 | 音楽
 これまた三夜分のウォーキングBGM。演奏はテンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
1902年全曲初演。
 第一楽章だけで30分以上かかります。私も長年クラシック音楽を聴いていますが、こういう長~い楽章の聴き方が今もってよく分かりません。ブラームスくらいまではなんとなく形式があるので、「ここはどこ」状態にはあまりなりませんが、こういう延々と続く感じの曲はどうすればいいのでしょうかね。とりあえず音楽に身を任せるといった聴き方なのでしょうが、よほど作曲家に力量がないと聴衆が飽きてしまいます。そういう点では、マーラーの旋律創作力は抜群でしょうね。
 それにしてもこの曲、あまり統一感を感じませんね。その点ではベートーベンの第3番と同じです。個々の楽章はなかなかだと思いますし、第6楽章など後年の第5番のアダージェットを思い起こさせます。でもバラバラな感じがします。それに、やっぱり最後はティンパニでしたね。よっぽど好きなんでしょうね。

藤原定家

2005年08月24日 | その他
 私は藤原定家の和歌がけっこう好きです。中でも
 「駒とめて袖うちはらふ影もなし佐野のわたりの雪の夕暮」新古今集巻第六(冬)
は、始めて和歌というものが好きになった最初の作品で、特に印象深いものです。たしか高校の授業で習ったものだと思いますが、夜寝るときにも頭の中をこの歌がぐるぐる回ってなかなか寝付けなかった記憶があります。それ以来新古今集の和歌に興味を持ち、いろいろ読むようになりました。でも、だからといって、万葉集とか古今集などが好きになるわけでもないのは、自分でも不思議ですね。単なるフィーリングの問題なのでしょう。
 それにしても、定家の歌の描き出す映像世界は本当にすばらしいと思います。技巧的という批判もあるようですが、技巧もここまでくると比類なき芸術ですね。

もうすぐ秋かな

2005年08月23日 | その他
 さんざん雨が降ったせいか今日はずいぶんしのぎやすくなりました。ウォーキングしていても気温の差を感じました。まだまだ暑いでしょうが、でも、いつの間にか秋になっていくのでしょうね。
 一番季節の変化を感じるのは、日の入りがどんどん早くなっていくことです。私は帰宅時間が毎日ほぼ一定していますので、つい一週間前まではバス停で降りたときはまだ明るさが残っていたのに、もう暗いな、などと気づきます。私は日の長いほうが好きですので、日が短くなっていくのは何となくさびしく感じてしまいます。逆に春分の日から夏至までは元気になります。
 でも秋の紅葉は大好きです。それも日本より北米の方が気に入ってます。特にカナダの紅葉は二回見たことがありますが、本当にきれいでしたね。モントリオールのモン・ロワイヤル公園それにローレンシャン高原の紅葉は忘れられません。カナディアン・ロッキーの黄葉(?)もいいですね。書いてるだけで、また行きたくなりますね。

ブラームス 弦楽四重奏曲第3番 変ロ長調 Op.67

2005年08月22日 | 音楽
 本日のウォーキングBGM。演奏はQuartetto Italiano。
 1875年作曲、1896年初演。この作曲と初演の間の年数はなんなのでしょうか。
 この第3番は弦楽四重奏曲の中では最も有名です。確かに第1楽章の出だしなど、なかなか軽快でいいですね。モーツァルトの有名なピアノソナタを連想させます。でも問題はそこからです。何かうまくいかないんです。素材はいいと思うんですが、どうにも音楽が流れていきません。こちらの聴き方が悪いせいでしょうか。第4楽章の最後には、どうにもならなくなって、という感じで冒頭の主題が再び用いられますが、これもあまり必然性が無いですね。
 この曲を作曲した同じ年に、ピアノ四重奏曲も第3番を書いています。これは前にここでも書きましたが、なかなかの名曲でした。なのに何でかな~。
 この曲以降、弦楽四重奏曲は書いていませんから、本人も諦めた(?)のでしょう。次の年には交響曲第1番を完成させています。