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終り無きランパス

『あと、もう一本いこかぁ』このヒトコトが大嫌いだった。学生時代、ある先輩が指導に来るとランパスと呼ばれる、グランドのゴールラインから向こうのゴールラインまでパスをしながら走る練習の締めが定番だった。パスを落としたり、トップスピードでボールを受けないと容赦なくこの言葉が飛んだ。またミスの有無に関わらず、元気そうに見える奴が多いとこう言われたような気がする。

走るのが商売のバックス達は割に平気な顔だったが、スクラムを散々組んだ後のフォワードにとってはなかなか手ごわい練習であった。体育科の助手に筑波大の快速ウイングだった先生が赴任。彼がラグビー部のコーチになってからは、ランパスは始めの方で、しかも普段は八分、ボールをもらう前から次のパスまでをトップダッシュと実戦に即した練習になっていたのだが、この先輩が来ると昔の方法に戻った。

グランドは90mほどあるので往復180m。ここを10本、常にダッシュなんて出来るわけが無い。こうなるといわゆる根性練習、意味が無いとは言わないが、効率的ではない。ましてや10本で終わる保証が無ければ走る方も余力を残そうとする。ジョグから始め、段々にスピードを上げ、最後のトップスピード走でも2本程度だった、コーチの指示は今でも通用する練習法だったと思う。

先輩の練習が嫌われたのは、理論の裏付け無く、その日の気分で本数が決まり、終りがいつか判らないというところだろうか。まぁ、今となっては懐かしい思い出でもあるし、件の先輩に『あんたのやり方はなかった』と面と向かって言える歳にもなった。ところで、最近なんかこのランパス練習をやらされているような気がするのだ。

ぼーずが会社に入った頃、雑用はみんな新人に降ってきた。加えて仕事も先輩と同じ。だけど有休は少なく、給料も安かった。それでも若い我々が表立って文句を言わなかったのは『今は大変だけどね。そのうち給料は上がるし、邪魔になるほど有休も溜まるからね。歳を取ったら楽になるし、55で楽隠居出来るよ』と言われていたからだ。勿論、会社がそうはっきりと言ったわけではないが、多くの社員はそう思っていたはずだ。いわゆる暗黙の了解という奴だ。

それがどうだろう。定年は60歳になった。悔しいのは、なった直後に喜んでしまった事だ。思えば親父は60を越えても働いていた。病に倒れなかったら、まだ働いていたかも知れない。定年が延びたと聞き、これで会社員としてまだ活躍できるとアサハカにも思ってしまったのだ。

定年がもうすぐ65になると聞いてさすがに気付いた。これは先輩のランパス じゃないか。何時になったら止まるのだろう。10年余計に働くのはいいかもしれない。が、年金が10年遅れるのはダマシ打ちじゃないか。ぼーずたちは55になったらお前らももらえるんだからという言葉を信じ、せっせと厚生年金費を払い、当時の55以上を養ってきたのだ。

今思うと55の定年はまだ働ける歳なので、もったいない気もする反面、メッチャクッチャうらやましくもある。その歳ならまだなにか別のことにチャレンジ出来るからだ。
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