※酒井順子(1966-)『消費される階級』(2024)集英社
(8)「他人と交わる行為」のストレスから生じる「若年性孤独」!
★現在は「ポリティカル・コレクトネス」的な視点から他人に対して「結婚した方がいいんじゃないの?」と勧めたり、「早く子供を産んだほうがいいよ」とプレッシャーをかけたりすることはできない。これらは「孤独当事者を傷つける罪」とされる。(104-105頁)
☆20年前と異なり、今はもう「結婚しないでいること」に「負け」感はない。Cf. 酒井順子『負け犬の遠吠え』(2003年、37歳)(105頁)
☆教育現場では「学校に生きたくない人は無理して行かなくてもいい」という考えも支持されるようになっている。(105頁)
☆若い社員の「出社拒否」(職場がつらくて引きこもり状態になる)もある。(105-107頁)
★「他人と交わる行為」(恋愛・結婚・婚活、学校、職場)のストレスから生じる「若年性孤独」。(106頁)
☆今は周囲の大人が若者に「何を甘いことを言ってんだ」と尻を叩くことがない。少子化で若者が希少なので「時代はどんどん優しくなっていく」。(106-107頁)
☆「公」による孤独・孤立対策も「プル型」(当事者からの接触を待つ)へ。Cf. 「プッシュ型」(見回りサービス等、当事者のところへ出かけていく。)(108頁)
★「孤独者」は差別されないが、「ポリティカル・コレクトネス」的な視点から他人に対して、口を出せなくなっており、「非・孤独者」(孤独でない者)との距離はどんどん離れていく。(111頁)
★「看護」も「介護」も「看取り」もかつては「家族」のメンバーでしていたものが、今や大量の単身者が「どうやって人生の終わりを一人で迎えようか」と右往左往している。(110-111頁)
(9)昨今は「好く力」という能力が重視されている!「おたく」(“好く力”を持つ者)の世界では「モテ」の世界のように努力がアダとなることはない!
★若者は何かというと「夢中になれるものを探せ」、「とにかく何かを好きになれ」とけしかけられ、「耳にタコ」という状態だ。(113頁)
☆つまり昨今は「好く力」という能力が重視されている。(113頁)
☆例えば、「推し」をもつことによって人生は豊かになる。「好く力」を持てば人生を楽しめる。(116頁)
☆また「おたく」(“好く力”を持つ者)の世界では「モテ」の世界のように努力がアダとなることはない!Cf. ;1980年代に「おたく」という言葉が登場。(118, 122頁)
★「おたく」の多幸感は「好かれる」ことに無関心というところにある。(119頁)
★だがかつて「モテ」(or「好かれる」こと)に汲々とする時代があった。(119頁)
☆『CanCam』などの保守系女性誌が「春の愛されメイクテク」や「モテカワワンピ大特集」などを掲載し続けた。「モテる人はモテない人より偉い」という意識もあった。(121頁)
☆『anan』などの革新系女性誌が「男性からモテるのを待つのでなく、自分から好きになり、告白してもよいのだ」or「愛されるよりも、愛する女性になろう」と訴えても、当時は多くの女性たちは「モテ」(or「好かれる」こと)に汲々とした。(121頁)
★ところが努力したからといって「モテ」が得られるわけでない。あまりにハードで、「モテ」の戦線から離れる人が多くなり、「モテブーム」は沈静化した。(122頁)
★「おたく」(“好く力”を持つ者)の世界では、「モテ」の世界のように努力がアダとなることはない。(122頁)
(8)「他人と交わる行為」のストレスから生じる「若年性孤独」!
★現在は「ポリティカル・コレクトネス」的な視点から他人に対して「結婚した方がいいんじゃないの?」と勧めたり、「早く子供を産んだほうがいいよ」とプレッシャーをかけたりすることはできない。これらは「孤独当事者を傷つける罪」とされる。(104-105頁)
☆20年前と異なり、今はもう「結婚しないでいること」に「負け」感はない。Cf. 酒井順子『負け犬の遠吠え』(2003年、37歳)(105頁)
☆教育現場では「学校に生きたくない人は無理して行かなくてもいい」という考えも支持されるようになっている。(105頁)
☆若い社員の「出社拒否」(職場がつらくて引きこもり状態になる)もある。(105-107頁)
★「他人と交わる行為」(恋愛・結婚・婚活、学校、職場)のストレスから生じる「若年性孤独」。(106頁)
☆今は周囲の大人が若者に「何を甘いことを言ってんだ」と尻を叩くことがない。少子化で若者が希少なので「時代はどんどん優しくなっていく」。(106-107頁)
☆「公」による孤独・孤立対策も「プル型」(当事者からの接触を待つ)へ。Cf. 「プッシュ型」(見回りサービス等、当事者のところへ出かけていく。)(108頁)
★「孤独者」は差別されないが、「ポリティカル・コレクトネス」的な視点から他人に対して、口を出せなくなっており、「非・孤独者」(孤独でない者)との距離はどんどん離れていく。(111頁)
★「看護」も「介護」も「看取り」もかつては「家族」のメンバーでしていたものが、今や大量の単身者が「どうやって人生の終わりを一人で迎えようか」と右往左往している。(110-111頁)
(9)昨今は「好く力」という能力が重視されている!「おたく」(“好く力”を持つ者)の世界では「モテ」の世界のように努力がアダとなることはない!
★若者は何かというと「夢中になれるものを探せ」、「とにかく何かを好きになれ」とけしかけられ、「耳にタコ」という状態だ。(113頁)
☆つまり昨今は「好く力」という能力が重視されている。(113頁)
☆例えば、「推し」をもつことによって人生は豊かになる。「好く力」を持てば人生を楽しめる。(116頁)
☆また「おたく」(“好く力”を持つ者)の世界では「モテ」の世界のように努力がアダとなることはない!Cf. ;1980年代に「おたく」という言葉が登場。(118, 122頁)
★「おたく」の多幸感は「好かれる」ことに無関心というところにある。(119頁)
★だがかつて「モテ」(or「好かれる」こと)に汲々とする時代があった。(119頁)
☆『CanCam』などの保守系女性誌が「春の愛されメイクテク」や「モテカワワンピ大特集」などを掲載し続けた。「モテる人はモテない人より偉い」という意識もあった。(121頁)
☆『anan』などの革新系女性誌が「男性からモテるのを待つのでなく、自分から好きになり、告白してもよいのだ」or「愛されるよりも、愛する女性になろう」と訴えても、当時は多くの女性たちは「モテ」(or「好かれる」こと)に汲々とした。(121頁)
★ところが努力したからといって「モテ」が得られるわけでない。あまりにハードで、「モテ」の戦線から離れる人が多くなり、「モテブーム」は沈静化した。(122頁)
★「おたく」(“好く力”を持つ者)の世界では、「モテ」の世界のように努力がアダとなることはない。(122頁)





