忘れな草と青い鳥 (69歳のラブレターその後)

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今魚(いまいゆ)売りのおばあちゃん。そして香り草。

2018-10-16 12:13:29 | 回想録

台風前に公民館前から撮った写真です。向かって左手方向へ下の写真が繋がります。(2018年9月末日夕方) 

2017年10月にブログ紹介した夕方の写真です。↑ ↓

二つの大型台風が通り過ぎた後、金網で囲った保育園前を歩きました。

我が家から見える、何時もの風景です。

近くの保育園の分園が数年前に建ち、この辺りの畑も家が建ち始めています。何時もは坂道を降りて

浜辺へと向かうのですが、この日は左手に折れ、金網に沿って歩いてみました。

保育園の建物が終わる辺りで、懐かしい香りがしてきました。これは!まさしく会いたい植物である

「モロコシソウ」の香りです。 沖縄にはまるで呪文のような名前が付く植物「ヤマクニブー(山九年母)」

が、あります。随分前にお店を経営する友人のお手洗いに、このヤマクニブーという、香り草がぶらさげ

てありました。お手洗いに行くたびに、独特の匂いがして来るので、芳香剤だと思い問いかけもしない

ままでした。最近、白い花の友人から、ヤマクニブー(別名・もろこしそう)の話をお聞きし、どうや

ら、友人のお店にぶら下げてあった植物であると思い当たりました。枯れた枝に白い球が付いている植物は、

昔から沖縄の人たちが小袋に入れ、衣服の防虫剤として用いた、貴重なハーブであると知ったのでした。

コスモスはモロコシソウと呼ばれる生きた植物には 未だに出会ったことがなく、これからの出会いを待って

いたのです。日々その存在が頭から離れずにいますので、この香りは思いが高じたものなのでしょうか?

先端の葉は枯れていましたが、台風前に歩けば、可愛い黄色い花にも逢えたかも知れません。

これからを楽しみにしましょう。

モロコシソウ  ぶら下げたモロコシソウの写真がありましたので、リンクさせて頂きました。

モロコシソウ 相互読者「ガジ丸が想う沖縄」のガジ丸さんがご紹介されているモロコシソウです。

今後友人とモロコシソウを育てる計画なので、自分を鼓舞する為に まだ見ぬヤマクニブーを記事に

しました。

長くなりますが、タイトルの今魚のお話です。 

コスモスが移住した頃、細い路地を 盥に今魚を入れ頭に載せて行商する、お婆ちゃんたちが往きかって

いました。今魚とは、鮮魚のことです。

「いまいゆ、いらんねぇ?」と、声を掛けられましたが、コスモスは滅多に購入できませんでした。

ビニール袋に1000円分のお魚が入っているのですが、その頃から、一日100円生活を強いられていた

ように思います。

コスモスの貧しい暮らしをご存じだったのかどうか?お金が無いの…とは言えず、そっけない返事の

コスモスでしたが、M婆ちゃんは、「ある時払いでいいよ~」と玄関前の隣家の軒下で頭から荷を

下ろすのでした。コスモスと同じような太っちょお婆ちゃんは、ここまでの坂道がとても苦しい様子

でした。未だ大半が残っている今魚の一袋を、コスモスに手渡して下さるのです。

百姓をしたいという夫に、M婆ちゃんは 海岸近くの雑木林になっている土地を貸して下さいました。

長男が高校を卒業して、一人アパート暮らしをしている時で、長男も休日を返上して、ネムノキなどの

伐採をしました。粘土土が多い中で、さらさらした土は柔らかく、勧められるまま、インゲン豆を植え

ました。畑の中には井戸も掘って貰いました。

何より嬉しかったのは、畑の周りに10本ほどのパパイヤが植えてあったのです。

パパイヤがオレンジ色になり、周囲に落ちて転がっていました。

そのパパイヤを拾って皮を剥き、冷たくしますとなんという美味しさ!スイカパパイヤと云うのよ。と

友人が教えてくれました。沖縄ではお腹いっぱい果物を食べることもない・・と諦めていた矢先の

出来事でした。インゲン豆の収穫も順調で神戸から姉夫婦も沖縄へ移住した頃でした。

姉曰く「後にも先にもあんなに美味しいパパイヤに出会えないわ。」とのこと。

瑞々しい、スイカ色をしたパパイヤで毎日の生活が潤っていました。

「安くしておくからね。あの畑はあんたたちが買って頂戴ね。」と、M婆ちゃんと約束もしていました。

ですが、畑を耕した数年後、M婆ちゃんは亡くなられたのです。息子さんから畑を手放す話がありましたが

相変わらず生活が苦しく、せっかくのM婆ちゃんのご厚意に応えることが出来ませんでした。

畑の周辺はアパートが建設され、家も建ちました。

コスモスの通う小さな教会ではコスモスより年長者も居られ、病人が過半数を越しています。

教会も借家です。一つ一つ願いが叶えられるように、皆で支え合って暮らしたいというささやかな願いを

持っています。「千江さん、とても良い土地が与えられそうなの。」と牧師先生から話があったのは最近

の事でした。その言葉を聞いたコスモスは、瞬間的にM婆ちゃんが手放した畑を思い浮かべてしまいました。

後日、牧師先生が案内して下さった畑は!コスモス家族が開墾したM婆ちゃんの畑だったのです。

念願の土地がコスモスと結びついて、教会員の土地となりました。

M婆ちゃんの思いは生きていたのですね。夫の願いでもあったのでしょうか。

 

写真は、コスモスの畑に自然に生えた果物パパイヤです。

今年枯れてしまいましたが、パパイヤは種を撒いたその年に食べられる、成長が早い野菜であり果物です。

炒め物、シチュー、スライスしたパパイアを、お肉に挟んでおきますと、お肉が柔らかくなります。

台風でお野菜が不足している今、今後は周囲にパパイアを植えようと話しています。

保存が効きますので、台風前に収穫すると便利ね。と言っているのですが、パパイヤは特に心臓病に効き目が

あります。(診療所の先生の教えです。)幼子を抱えたお母さんのお乳の出を助ける植物です。

 

 

コスモス(写真に写っている保育園の屋根を超えた辺りが、与えられた土地です。)

 【ご挨拶】

 (友人宅のソファーに座って、外の風景を眺めています。白いクイーンネックレス(ニトベカズラ)が、玄関先に垂れ下がっていますが、ブロック塀前方の雑木林は、米軍基地黙認耕作地帯です。)

八年間に亘り、これまでご訪問下さいました皆様に心からお礼を申し上げます。

10月はコスモス一家が沖縄へ移住した月で、丸33年経ちました。

築50年のトタン屋を改築した我が家は、今ではボロボロとなりました。

これから、コスモス一家は、新築するまでの間、アパート住まいとなります。ボロボロの家でも、コスモスと

苦労を共にした家ですので、コスモスが旅立つ日まで、このままでいいよ~と言っているのですが、これは

コスモスの我儘ですね。

これから、歳を重ねるばかりですから、元気で帰って来る日まで・・・とは言えないのですが、ひとまず、

コスモスのラブレターはお終いです。

八年間に沖縄の植物をイラスト代わりに用いて来ました。まるで花博士にでもなったつもり!で恥ずかしい

限りです。

何もかも中途半端なままに過ぎませんが、今では沖縄の花検索で訪れて下さるブログとなりました。

沖縄には素晴らしいブロガーさんがおいでになられます。コスモスのブログはもう暫くしましたら、削除

したいと思っております。お一人お一人にお礼を申し上げたい所ですが、この書面にてお許しください。

皆様のご健康とご活躍を心からお祈りして、お礼のご挨拶と致します。2018年10月23日

            コスモスこと稗島千江

 


人の噂も75日

2018-10-10 05:34:14 | 回想録

オオゴチョウ  マメ科

花畑の入口に オレンジ色の花、オオゴチョウを植えていました。

 

せめて沖縄三大名花の一つを植えたいとは思っていたのですが、三大名花のオオゴチョウは、

あまり見かけることがありませんでした。たまたま花屋さんでオオゴチョウの鉢植えを見つ

け、躊躇わずに購入したのです。

オレンジ色の花は好みではなかったので、花壇の縁取りにハナアロエを植えているだけでした。

花壇にオレンジを取り入れようと思い立ったのは、年老いた今、活気が無くなったせいかなと思う。

オレンジ色は「黄金のりんご」と昔から言われているそうで、お金とご縁があるらしいのです。

その御かげかどうかは解りませんが、息子が新築すると言い出したのが数年前のことです。

コスモスに似て、息子も「笊」なのですが、やりくり上手なKちゃんが、息子の嫁になってくれた御かげ。

 

台風24号は古ぼけたトタン屋根を剥がし、これまでに成長した木を根こそぎ掻っ攫って通り過ぎました

どの植物を残すのか考える手間が省けたものの、切なくて葉の千切れたオオゴチョウの枝を切り、

白い花の友人に挿し木をお願いしました。友人は植物を生かす達人なのです。

台風前に撮った写真は綺麗に撮れてなくて、写真は昨年のものです。 

せめて、新しい家の玄関先に植え、若夫婦家族へ縁起物のプレゼントのつもりです。

クロッサンドラ・リフレブルー  キツネノマゴ科 

しょぼしょぼと咲いていたクロッサンドラも丸坊主。生きてくれればいいのですが。

我が家では5日間の停電でしたが、屋慶名地方では10日間の停電が続いたそうです。

どのご家庭も冷蔵庫の中は、蟻の住処となりました。そこへ25号が来るというので、

コスモスは隣町の娘宅へ避難しました。

「お母さん、最近OOさんに逢ったことある?」と娘。「ううん、もう随分会ってないわねぇ。

3年位ご無沙汰してる。」とコスモス。

「どうして?」と聞きますと、コスモスが娘宅の自慢話をしたそうな。

凄いマンションを建てたのだとか…わ~ここまで行くと凄い凄い!コスモスは思わず笑って

しまいました。

「余りこんな話をしないで欲しい。」とお母様が婿殿に言われたそうな。

「お母さんは、絶対にそんな話をするはずがない。」と娘は断言したとか。

小学生で終わっているような、幼い次元の噂話です。「あんたが、解ってくれてるなら、それで

いいわ。でも、お母さんはこの町でも、有名人なのね。」とコスモスは苦笑してしまったのでした。

実際に、OOさんが言ったのかどうかも解らず、噂が立てば「そこへエネルギーを向けないこと。」

そうすれば、自然に消滅することを、何度も経験しています。

消えてしまった段階で、あの話は誤解だった…と解れば良いし、死に至るようなことではありません

ので、笑い話にいたしましょう。

豪華な家もあの世までは持って行けず、コスモスはこの世からオサラバする日が近づいていることは

確かです。沖縄へ居住し、初めて30余年転居することなく過ぎていました。

物心ついて34回目の転居は、正直しんどいな~という思いが致します。

コスモスだけの玄関口を作ってくれると言いますので、友人の助けを借りながら、周りに薬草と

ハーブを植える計画を立てていますが、あれもこれも、天のお計らいです。

神は皆等しく120年生きることが出来ると約束なさいました。

全てを委ねるとそのようになって行くのかも知れませんね。

まだまだ若いコスモスだと思うこととしましょう。

 

頭の中で書こうとすることを組み立てはするものの、書こうとはしませんでした。

何時もつまらなく思え、そんなことを繰り返す内に、文章も書けなくなり、一月振りの更新です。

台風襲来でお野菜が手に入りませんね。

コスモスは甘酢で作った保存食や手作り佃煮を食べてます。

宮崎市から送って貰った新ショウガ、毎朝頂いています。(姉上ありがとう。)

コスモス。


コンロンカ(崑崙花)の色違い

2018-09-11 09:24:59 | 回想録

コンロンカ(崑崙花)アカネ科 2011年11月うるま市石川の花屋さんで。

このように白い萼片が垂れ下がるのを オーロラコンロンカというのでしょうか。

コンロンカの種類・・・とご紹介したかったのですが、詳しくは専門家の方にお任せ

しましょう。

2011年11月 本部熱帯ドリームセンター

2013年6月 沖縄市泡瀬

 

2015年6月 庭先

 我が家の庭のコンロンカ。花屋さんで購入したものですが、この種類を一番見かけます。

2012年4月 東村「森のハーブガーデン」にて。

上の写真の花が よもやコンロンカだとは知りませんでした。コンロンカだと

解ったのは 1年後に読谷村のカフェで出逢い、求めた方にお電話して下さり、唯一の(?)

蔦コンロンカだと解りました。その後苗も入手出来て、我が家の玄関先に這わせています。

2013年4月26日 読谷村にて

2017年5月1日 我が家の庭にて。

この蔦コンロンカは自慢の花です。萼が緑の中から顔を出すと、写真を撮りまくっています。

お気に入りの過去の写真も見て下さいネ。

白い花の咲くころは・・・。

モモイロコンロンカ(ムッサエンダ) アカネ科 2012年7月うるま市内間

 

2015年6月 同じ場所。 モモイロコンロンカとヒゴロモコンロンカ

コスモスの住む隣町のお宅なのですが、これまで見たコンロンカでは 一番大きく沢山の

花を咲かせています。初めて出会った時の胸の高鳴り…。覚えています。その後、何時でも

庭に入って良いというお許しを頂きましたが、コスモスの腕がネ。

下の一枚は同じお宅からです。 

ヒゴロモコンロンカ(緋衣崑崙花)アカネ科 2013年8月 うるま市内間 

2014年10月 同じお宅から。

モモイロコンロンカの花です。コンロンカの萼片の違いで花も

微妙に違いますね。

 

 

2014年10月 うるま市平敷屋 ↑ ↓

 

三種色違いのコンロンカ 同じお宅の庭で。

これまで コンロンカをバラバラに載せていましたが、一つに纒めてみました。

コンロンカは中心の小さな黄色が花ですが、(ヒゴロモコンロンカは白い花)

それぞれの萼片の色で 過去ブログにご紹介しています。 

コスモス


この音楽を聴くために。あの日の9月の空を。

2018-09-04 22:13:43 | 回想録

Rachmaninoff: Piano Concerto no.2 op.18 Nobuyuki Tsujii blind pianist BBC proms

辻井伸行さん演奏・ラフマニノフ・ピアノ協奏曲第2番ハ短調作品18番です。★演奏時間が長いので、お時間が許される時、ゆっくりお聞きください。

若い時から聴いた好きなコンチェルトです。コスモスは眠りについても朝まで続けて眠ることは

ありません。何時も夢見心地でうつらうつら。これが当たり前になってます。

うとうとするお蔭でずっと夢を見続けています。YouTubeで自由に選曲し、聞ける時代になり

幸せです。

廃墟になった家は 林のようになっていて、現在は鳥の住処になっています。

屋根の上を這うように ニトベカズラが咲き始めました。当初、2015年度のニトベカズラの

花をのせておりましたが、台所の窓から撮ってみました。隣の屋根を飛び越えて、畑続きの

廃墟の屋根へと花が咲いています。

 

我が家近くでは、こんな草花が咲きます。

↑ バルレリア・レぺンス 蔦植物です。低木のルエリア・キリオサ ↓

下の写真はコスモスの教会で9月にピクニックに行った時の写真です。

青い空の下でお弁当を広げました。この日映った人たちのほとんどは旅立ってしまわれました。

去る人あり、新しく来られる人あり。地域の教会は駆け込み寺の役割をしています。

この日曜日には 94歳の素敵な男性を迎えました。牧師様と若い頃出会いがあり、30年という

歳月が流れました。小さな教会に灯りがついているのに気づき(牧師様は夜遅くまで勉強を

されています。)日曜日に尋ねて来られ、歓びの再会となったのでした。

そしてもう一つ、古参の教会員の大手術があり見事に成功!の報せがあったのです。

とてもハッピー日曜日でした。

願ったものは 一つの幸せ

願ったものは 一つの愛

すべては ここにあると・・・。

 

コスモスの家では 3カ月の幼子が、笑いを提供してくれています。

最後に9月の米軍基地、ホワイトビーチの空です。

(台風21号の被害がないことを祈りながら。)     コスモス

                       

辻井伸行 - コルトナの朝 (Nobuyuki Tsujii - A Morning in Cortona)

挿し木した白バラが咲いた日に。 (2018年9月8日)

今日の朝です。(9月9日)

台風22号の影響でしょうか、3日間雨模様です。今はバラらしいバラの形をしていますね。

これからだんだんと花弁が開いてきます。それはそれで美しい。女性が好むNo1のバラですが、

コスモスも勿論好きなバラの花。これまで、鉢植えから地面に降してしまうと、必ず翌年まで

には枯らしていました。今は沖縄に根づいたミニバラ以外は鉢から降ろさないと決心しています。

下の蕾は 大輪の真っ赤なバラです。ですが、目の悪いコスモス、写真を取り入れて見ると バラ

の蕾に青虫発見!この真っ赤のバラは、他にも蕾を持っています。

この一つの蕾は虫集めの犠牲になって貰おうかしら?と考えています。

バラを食草にしている蝶は?きっと惚れ惚れする蝶に決まっていますよね。

2018年9月11日 今日も雨です。

コスモス


飛び廻る楽しさ

2018-08-26 21:44:52 | 回想録

コスモスが20代の頃、音楽仲間の青年がアメリカから持ち帰ってきたという「ジャンピング

ビーン」という豆を見せてくれたことがあります。大豆に似た豆がテーブルの上で飛び跳ねる

様を見て驚きました。「ディズニーの映画で、音楽に乗って豆が踊るでしょ。あれはこの豆の

ことなんです。」その頃現在のようにPCで検索することも出来ませんでしたから、人様の言葉を

ひたすら信じるほかありませんでした。Wikiによると、メキシコトビマメと言い、植物の種の内部

に小型の蛾の卵が産み付けられ、この蛾の幼虫の動きにより、豆が飛び跳ねるのだそうです。

コスモスは今頃になって突然、昔の事がらを思い出し検索しては納得しています。

【追記】

思い出したことがあります。飛び跳ねる豆は まるで自分の思いを持っていて、飛び跳ねながら

気に入った場所で落ち着き、やがてその場所で根付くのだと…青年が教えてくれたのか、聞いた

コスモスの想像であったのか?現在動くことがままならない年齢になり、植物にロマンを感じて

いたのでしたが、真実を知ると、蛾に養分を吸い取られた豆はもぬけの殻になるのですね。

動きのある植物面白いですよね。どうぞ興味を持たれましたら、wikiをご覧ください。

Wikipedia→メキシコトビマメ 

動く植物と言えば、小学低学年の頃、鉢植えのオジギソウを大切に育てていました。

マメ科植物のオジギソウ、皆様のブログでも紹介されていて、珍しくもなんともない花、でしょうか。

毎日このオジギソウに触っていました。たった一本持っているだけでしたからコスモスには

貴重な花でした。何処に行ってもオジギソウを見たことがなく、今思うと可笑しなことなのですが

コスモスだけがこの花を持っているのだと信じていたのです。

やがて九州を離れ、都会生活の中で何十年もオジギソウには逢えず、花の存在さえ忘れていました。

沖縄の勝連南風原の農道を歩いていた時、足元に咲く桃色花に気づきました。

足元にはこのオジギソウが咲いていたのです。

しかも一本ではなく、ここにも、あちらにも、いっぱい!いっぱい!・・・。

過去記事に雨に打たれたオジギソウの群生を載せたこともありました。

そして、この写真はコスモスの散歩道のオジギソウです。

白色もありますが、何時もの如く写真が雲隠れしています。

 

 ある時TVで道行く人に反応して、茎全体が動く白い花を見たことがあります。

ひょっとして動画を見つけられるかと思ったのですが、見つけられません。

下のハゼランは お隣さんがグァバの木の下で育てておいでになる花です。

別名をホシノシズクとか三時花(午後3時に開花するため。)三時の天使とか呼んでいる花です。

そして、ハゼランは 食することも出来るのですよ。コスモスの記事は最後は食に通じて

しまいますね。ハゼランの種が飛ぶ様も見てみたいコスモスです。

花が可愛くて、食したことはありませんが、なかなか美味しいそうです。

今日の最後は 指が動き過ぎてため息が出て来そうなピアノ演奏です。

どうぞお楽しみください。 

 

 

清塚信也 アルバム『あなたのためのサウンドトラック』ダイジェスト映像

【神技スゴ技!!】天才ピアニスト清塚信也のアンコールピアノメドレー

ランタナの蜜を吸いに来るツマグロヒョウモン

シロオビアゲハやアオオビアゲハを一番見かけます。たまにイシガキチョウもやって来きますよ。

ランタナは津堅島から枝を持ち込み、挿し木したのですが、余りに蔓延り過ぎて後悔した花です。

これらの花々も懐かしむ花になりそうです。しかし、本当に動くものの撮影は苦手ですね。

カメラのせいではありません。今度はこの場所が玄関先になります。

コスモス