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命を輝かせる

2017-12-06 14:08:07 | お話
🌸🌸命☀️を輝かせる🌸🌸


私が教師🏫になって初めて特別支援学級🌸を持たせてもらったときのことです。

その学校🏫にA君という子がいて、お母さん🌸が毎日車🚗で送り迎えされていました。😊

私はA君のお母さんに、

「明日☀️の午後から、私がA君を家🏠まで送ります。

歩くと、体も心も強く✊なって脳🌀へのいい刺激⚡️になると思いますよ」

と言って了承🍀していただきました。😊

翌日から、私はA君と一緒に歩いて👟👟下校し、

その後また学校🏫に戻り↩️ました。

往復8キロの道のり🍀でした。

A君の家🏠には、足の悪いおばあちゃん👵がいて、

A君が帰ると、おばあちゃんがいつも奥の間から

「ありがとうございます。🎵

足が悪くて😵玄関まで出ていけず。すいません🙏」

とおっしゃっていました。

でも翌年には、家のドア🚪を開けると、おばあちゃん👵が玄関まで出てこられるようになりました。☀️

3年経つ🌸頃には、玄関の前に出て、立って待たれるようになりました。😊

さらにしばらくすると、

おばあちゃんは家から数100メートルも歩いたところまで出迎え🌟てくれるようになりました。😊🎵

私は驚いて😵A君のお母さんに電話📞をしました。

「おばあちゃん、かなり歩かれていましたが、大丈夫🍀でしたか?」

と。

するとA君のお母さんは、

「A君が歩いて学校🏫に通う様子を見ながら、おばあちゃんは

『あの子が、あんなに頑張ってる。私も歩かにゃあ🎵』

と言ってました」

と話してくれました。😊☀️

A君はうまく話せないので、おばあちゃんに「歩こう」と言うことはできません。😊

でも、自分ができる最大限🗻のことを精一杯🌸やることで、それを伝えたのです。😊

そしておばあちゃんも、A君の頑張り✊に応えて自分のいのちを輝か✨されました。

A君のいのち💓も1つ、おばあちゃんのいのち💓も1つ。

それぞれのいのちの輝き✨を通してつながっていく。

「これこそが、1つのいのち💓を力いっぱい輝かせる✨ということなんだな」

と思いました。😊🎵


残念な😵ことに、それからしばらくしておばあちゃん👵は交通事故💥で亡くなられ😇ました。

でもおばあちゃんの姿🌸は、今も私の心💓の熱いところ🔥にあります。


今から3年前、今度は「A君のお母さんが亡くなられた😇」と家内から電話📞がかかってきました。

A君はいつもお母さんと一緒🌸でした。

わが家🏠にもよく遊び🎵に来ていました。

そんな「2人で1人」の関係のお母さんが若くして亡くなって😇しまったのです。😵

私は悲しみ😢をこられきれず、ひとり運動場に出て声をあげて泣き😭ました。

その時1人の子が近づいてきました。

集団の中でうまく活動できず、教室🚪に入りにくい子でした。

その子は私をツンツン👉👉し、

「先生、どうしたん?」

と言いました。

「先生の大事な人が亡くなったんや」

と答えると、

「そうなん…」

と言ってどこかへ行ってしまいました。

しばらくするとその子がまたやって来て、

「これあげる🎵」

と言って折り紙をくれました。

その子なりの励まし✊でした。

とてもうれしかったです。😊💕


私は毎朝校門に立ち、子供たちにあいさつ🎵をするのが日課🌸です。

ある日のこと、子供たちが登校🏫してくる後から、少し距離をあけて歩いてくるおばあちゃん👵がいました。

その方は、B君のおばあちゃん👵でした。

「子供らの交通事故⚠️が心配でついてきました」

とおっしゃいました。🎵

でも子供たちがうるさがるので少し離れて☁️☁️歩いておられたのです。

花柄の腕カバーをされ、黄色い交通旗🇪🇸を持って歩いておられました。

ある日夕方、B君のお父さんから電話📞がかかってきました。

「母が交通事故🚨に遭いました。今から緊急手術🔪です」

しばらくしてまた連絡🌸が入りました。

「母が亡くなりました😇」

と…。

「あれだけ子供の交通安全⚠️を願って🙏いた、おばあちゃんが交通事故🚨で亡くなるなんて… 」。

全身から力が抜けて☁️☁️いくような感じがしました。😵☁️


お葬式も終わり、また子供たちが登校🏫してきました。

すると、後からついてくる人影👤が見えました。

B君のお父さん🍀でした。

しかも、おばあちゃんが身につけていたあの花柄の腕カバーをつけ、黄色い交通旗🇪🇸を持っておられました。

「どうされたんですか?」

と私の尋ねると

「どうしても母が『行ってこい🎵』と言うものですから…」

とおっしゃいました。😊


その登校班には、とても元気な6年生の子供がいて、おばあちゃん👵によく文句💢を言っていました。

その子は、その後この作文📝を書きました。

「僕は『ありがとう』を言いそびれた人がいます。😊

それはB君のおばあちゃん👵です。

…僕は卒業したらB君のばあちゃんに

『ありがとう』と言おうと思っていました。😊

だけどB君のおばあちゃんは、僕が『ありがとう』を言う前に死んで😇しまいました。

僕は後で、もっと早く言うべきだった😵と思いました。

僕はこういうことがないように、

なるべく早く『ありがとう🎵』を言うようにしています😊」


これらのことを通して

私は、恩師🌸である東井義雄先生🍀がよくおっしゃっていた

「いのちは一つ☀️」

の意味🍀、そして

「生かされているいのち💓、限りあるいのち💓を、力いっぱい✊輝かせる✨ことで、

いのち💓が価値👑あるものになっていく」

という言葉🍀の意味を、深く感じる💕ことができました。😊☀️


(「みやざき中央新聞」H29.11.27 西村徹さんより)


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