ひーさんの散歩道

道には、様々な歴史や文化が息づいている。
歴史に触れ風景に感動し忘れていた何かを探したい。

川越熊野神社

2018年05月23日 17時34分22秒 | 神社仏閣狛犬(地域がある場合は各地域)
去年の10月に行っていたのですが、記事にしていなかったので遅ればせながら書きました。

この日は、伊勢鳥羽の宿から直行で埼玉まできました。

残念ながら、4泊目で雨にあたりました。 天気のこともあり薄暗くなって来たところです。

ホテルから直ぐのところにあったのがこの熊野神社でした。







御由緒 神社ホームページから

当社は、『明細帳』によると天正18年(1590年)蓮馨寺二世然誉文応僧正が紀州熊野より勧請したことに始まり、以後、松郷の人々が氏神として崇敬した。
下って、正徳3年(1713年)同寺十六世然誉了鑑僧正の時、社殿を改築し鳥居を石造りとした。現在ある二の鳥居がそれである。

御祭神

御祭神は熊野大神で伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、事解之男尊(ことさかのおのみこと)、速玉之男尊(はやたまのおのみこと)の御三神です。
伊弉諾尊、伊弉冉尊(いざなみのみこと)は、一番最初に出てくる夫婦の神様です。
このお二人の神様は、夫婦道を興しになられただけでなく、多くの国や森羅万象の神様をお産みになられました。
そのようなことで『縁結び』の神様としてのご信仰があるわけです。特に、当社の主祭神であられる伊弉諾尊は, 天照大神(あまてらすおおみかみ)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などの御親神様でもあり、御神徳の高い神として人々に敬われています。また、禊(みそ)ぎをとても大切にしている神道ですが、その起源は古事記によると伊弉諾尊の禊ぎにあるとされています。


伊弉諾尊、伊弉冉尊の二柱を祭っている神社は大体、縁結びを掲げていますね。










熊野神社や大社って、神社造りというよりお堂に近いような感じがします。もちろん神社造りもありますがね。


ジャンル:
神社仏閣
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16 コメント

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こちらも熊野いいですね。 (りひと)
2018-05-24 09:30:20
お堂っていうのも気になりましたよ。堂って気になります。

私は東京でも熊野ってあると行きまくっていた時代がありまして父が亡くなった後も芝東京タワーの辺りとか王子とか青砥とかそれ以外小さい所も気になります。で東京だけじゃなく関東でみると埼玉辺りは以前から行きたいとも。川越ですか、行きたいですね。徳川関係での関係者が関わるんでしたっけ?鷹狩りとかだったかな?ならお水も大抵付き物ですけど川越は地形的にはどうかな?熱帯雨林的な川の間だと興味ありますね。

ゴールは山形、で少し遠回りして各地の熊野回りたいです。候補にいたします。ひーさんが行かれたならば。7721
親父のたわごと....... (クロンシュタット)
2018-05-25 04:50:36
川越が栄えた要因のひとつとして新河岸川の存在があります。
今では気が付かれないほどの存在感になっているようですが.....
この「気が付かれないほどの存在感」がいとおしいですね。

神田川と玉川上水が最も近づいたあたりに住んでいます。
「気が付かれない」まま静かな時が流れているような地域です。
川越の熊野さんも静かな時を重ねていって欲しいですね。
りひとさんへ (ひー)
2018-05-25 13:11:55
最初行った時、この八咫烏が歴史の中で山岳信仰や山伏などの象徴だなっておもいました。
伝承の中で八咫烏又は霊鳥は大きな意味がありますね。
正体は何なんでしょう?

自分も熊野さんも意識してまわりますよ。
クロンシュタットさんへ (ひー)
2018-05-25 13:17:06
川越の氷川神社に行った時、神社の裏手に「新河岸川」を見つけました。 一瞬「塩竈」を思いま出しました。
櫻のトンネルのようになっていて。満開の時は綺麗だろうなぁと考えていました。 やはり全国ニュースでやってましたよ。 舟にのれるようです。
そうそう (りひと)
2018-05-25 23:49:00
霊鳥ってなんなんでしょうね?
烏もとても好きな時期もあったんですけど昔この時期頭突かれた事がありやたら怖く感じるようになりましたね。なので私の味方なのか敵なのか?全く分からずです。白い鳥のが父の関係ではよく出てきます。で太陽を基準にすると逆光だと白も黒なので結局太陽をどちらに見るか?での単純な違いだとは思います。私の中は朝日系が烏で夕日系が白い鳥とは考えてます。烏は石の信仰を持っていて、白い鳥は木の信仰を持っているように感じますけど結局実態同じで人間が勝手に派閥作っているようにも思います。結局お水の信仰だとは思うんですけどね。いろいろで言うと青と赤に分けて理解してます。次郎坊と太郎坊、青鬼と赤鬼、青不動と赤不動とか。結局揉めるんならお水の透明メインとしていくと安全なはず、どちらに傾くと面倒くさい事になりそうでして。

そうそんな事より、新河岸川ですけどひーさんのお友達のご指摘の川は興味深いですね。また吉見の地形と入間川へと西にいくと山があります。
元加治なんて昔行った場所で飯能や高麗神社のある高い山が連なる境界線に色々何かあるんではないかな?

あと朝霞もそうなんですけど、父のキーワードでは霞っていうのもあるんですよね。地図で霞ヶ関なんてありましたよ。このエリアは後々調べる事になりそうですね。それまで氷川ってどうも怖いのもあるのでほっておきます。22655454
りひとさんへ (ひー)
2018-05-26 16:21:35
新河岸川は、塩竈では、塩竈湾から鹽竈神社の前を通っている川で、神社の前では「祓川」ともいいます。
その先に「浪切不動尊」があり。
予想では、津波の時、この川を遡上するがこの不動尊の辺りで浪は立ち消えるというイメージですね。
あの震災の時も、どの川も波が遡ってきましたからね。

今は川を塞ぎその上を道路が走っています。
平地の少ない塩竈の街は、仕方がなかったのかもしれませんね。
奥深そうですね。 (りひと)
2018-05-26 22:19:46
地形的な亀裂みたいな文字ですよね。
どうしても怖い場所であり祓い的な意味もある。なら簸川そのものですよ。埼玉と仙台も出雲?面白くなりそうですね。6442

そうそう今ちょい面白いのが天神さんに出雲色とそうじゃないのとありそうなんですよ。
結局水神さんみたいなんですけどね。風神と雷神?ここも面白そうですよ。
りひとさんへ (ひー)
2018-05-27 18:14:57
そういえば、近くに天神さんがあります。
天満宮ですが、伝承によると自宅の敷地が祀っていたもののようです。
こんな天神さんもあるんですね。

子供のころ歌ってましたね。
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ

埼玉県川越市の三芳野神社が舞台であるという説があるようです。
もう一か所は小田原のようですよ。
小田原のが気になる (りひと)
2018-05-30 08:43:12
海沿いですね。そうそうとおりゃんせの件は、以前綱永井さんとコメントし合った事ありますよ。
天神さんって道真さんの裏にもっと昔何かありそうです、それも出雲(スサノオの前の)絡みが気になります。

小田原ですね。小をオと読むのも田も原をワラと読むのも気になります。一回城に行ったなあ。象とかいなかったかな?北条さんですね、政子さんはどうもある程度の知識ありそうなので北条さんが関わるなら気になります。あと、松島とも北条政子さん縁ありますよね。
小田原ちょい調べてみます。田原と言えば藤太ですし、彼田原って関係ないという説もありますけど文字と音でもいいヒントになりますね。
藤太と鎌足は私の中で被るんですよね、やった方。で産湯信仰がお母様関係で鎌足あったのがびっくりしたんですけどこの二人出雲の方だったらどうしましょっか?悪者なのになっているので、みんな避ける所も盲点かも?
ちょっと東京の藤太の出没地でも木と稲荷も含めて個人的には可能性高く感じてます。個人的なものですけどね。

小田原と天神掘ってみます。8810
りひとさんへ (ひー)
2018-05-30 11:53:53
小田原は古代から戦国時代~江戸時代~
それぞれの時代で歴史上欠かせない場所でしょうね。
仙台関係では、伊達政宗が小田原参陣の時、母親からの毒殺未遂事件があります。そのため遅れてしまい白装束で秀吉と謁見します。 まぁ結果許されたんですけどね。
仕事で小田原城に行きましたが、お客さんをバスの中で待ってました。その時はそれほど興味が無かったのです。
菅原道真と聞くとやはり怨霊とか恨みとか封じこめるとか、こんな言葉を思いだします。

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