ひーさんの散歩道

道には、様々な歴史や文化が息づいている。
歴史に触れ風景に感動し忘れていた何かを探したい。

出羽三山神社/羽黒山その3

2008年09月27日 07時51分17秒 | 山形県の散歩道

随神門から羽黒山神社まで歩くと1時間ですので・・・
時間短縮のため断腸の思いで車で向かいました。ウヒ!

看板を見て下さい



ハイ! 手抜きデ~ス。 御祭神です


失礼します・・・

出羽三山神社三集殿の屋根です。


オッ! これは、その1で民家の軒下にあった物と同じですね。

これは松例祭(冬の峰)に、つつが虫(悪魔)を引張って焼き捨てる神事に使った綱で、綱をかけると悪魔が近寄らないという。





鐘楼と建治の大鐘(国・重要文化財)
この大きさを歩いてる人と比べて下さい。把握できると思います。
この堂は切妻造りの萱葺きで、小さいけど豪壮な建物です。
元和4年再建され、山内では国宝五重塔に次ぐ古い建物です。
鐘は建治元年の銘があり、古鐘では、東大寺・金剛峰寺に次いで古く且つ大きいとされるようです。
鐘の口径1.68m(5尺5寸5分)、唇の厚み22cm(7寸1分)、また鐘身の高さ2.05m(6尺7寸5分)、笠形の高さ13cm(4寸4分)、龍頭の高さ68cm(2尺2寸3分)あり、総高2.86m(9尺4寸2分)です。
天人の図は宇治鳳凰堂の藤原時代の鐘に見るが、絶えてその例を見ないといいます。
この鐘は文永・弘安の蒙古襲来の際、羽黒の龍神(九頭龍王)の働きによって、敵の艦船を全部海中に覆滅したので、鎌倉幕府は、羽黒三大権現の霊威をいたく感じて、鎌倉から鐘大工を送り、羽黒で鐘を鋳て、羽黒山に奉ったのだそうです。

これが蜂子の皇子を導いた霊烏です。 足三本あるよう~







三神合祭殿


人の大きさと建物の大きさを比べて下さい。
狛ちゃんと人の大きさもチェック! ほとんど同じですよ。

社殿はき羽黒派古修験道独自のもので、高さ28m桁行24.2m梁間17mで主に杉材を使用し、内部は総朱塗りで、 屋根の厚さ2.1m(日本一です)に及ぶ萱葺きの豪壮な建物です。
現在の合祭殿は文政元年(1818)に完成したもので当時工事に動員された大工さんを含め、木挽・塗師・葺師・石工・彫物師・手伝人足その他の関係した職人を入れると184,924人になる、それに要した米は976石の及び、建設費は5,275両2歩だそうです。
国の重要文化財に指定されています。



おや? キラリと光る目・・・・誰?

アップでどうぞ!

























ここに月山・湯殿山がありますので、冬のお参りが出来ない時は、羽黒山に来るだけで、同時にお参りが出来るのですね。

駒様で~す





もう一度、人の大きさと比べて下さい。






右側は蜂子神社です。



鏡池です。 また、手抜きですが、地元のお菓子に古鏡とゆう煎餅がありますよ。



さて、蜂子皇子ですが、凄い形相をしています。
私も勉強不足ですが、チラット聞いたバスガイドさんの話から・・・
何故あんな醜い顔と世間に言ったのでしょう。
逢わせられない理由があったのでは? 評判のいい蜂子皇子ですが、意味ありげな形相ですよね。
もしかしたら、心身の障害があったのでは? と考えてしまうのです。
あくまでも噂ですが・・・・

境内に蜂子皇子のお墓があります。
勿論、宮内庁管轄です。













菊のご紋です~ 中は、木が生えてるだけです。



そうそう、石の階段や境内の石には、こんなのが掘られてます。
徳利です!見えますか?




霊ですね・・・


ひょうたん・・・・・

一般の人は知らないかも??








芭蕉さんが早く帰りなさい! と言うので明るい内に帰ります。




帰りの山間は色づいて参りました。。



寒くなりますが、御身体御自愛下さいませ。

長々と失礼しました。

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23 コメント

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お天気ですね。 (ミモザ)
2008-09-27 08:31:10
行かれた日はお天気が良くて、ドライブ日和
でしたね
三神合祭殿の建物は立派ですが、その中に
出羽山・月山・湯殿山の神様が一同にお揃いで
よく考えていますね
黒い物体が神事に使った綱とは
ビックリしました
狛ちゃんは立派で心強く社殿を護っていますね。
境内の石に刻まれたヒョウタン(徳利)
誰がどのような目的で刻んだのでしょうね
ミモザさんへ (ひー)
2008-09-27 09:31:01
あのひょうたんなどは、数を忘れてしまいましたが、全部見つけると願いが叶うとか?
でも、景色を見ながら登った方がいいでしょうね。下ばかりを見てると危険です。
八咫烏って (ぐずら)
2008-09-27 13:29:13
三眼三足じゃなかったっけ?
ここのは、目が2つしかないように見えるけど、サッカー代表チームのマークは三つ眼だよな?
オラは、三本足の鳥っつうと、フギンとムニン、オーディンの遣い鴉を思い出すけど、ギリシャ神話でアポロンの怒りを買って黒くされた鴉(からす座のからす)も三本足だったらしい。
あと「淮南子」に「昔、東海のほとりの扶桑の神樹に十羽の三足烏が住んでいて、順番に空に上って火を吐いて太陽になった」とか、高句麗では天孫の象徴で古墳壁画にも三本足の烏が描かれているらしい・・・
ぐずらさんへ (ひー)
2008-09-27 15:15:20
三目だったのが?
確かに書物には霊烏としか書いていない、ガイドがヤタガラスと言ってたので、書きましたが、明日外しておきます。
トップに境内地図を入れるの忘れてたし…ヤタガラスも奥が深いなぁ~
立派な建物だね (モコ)
2008-09-27 17:03:47
宮内省に菊の御紋恐れ多い所なんだね
モコさんへ (ひー)
2008-09-27 20:05:03
確かに立派なお社ですね。
ここだけは、冬でも参拝出来るので、ツアーにも組み込まれてますね。
即身仏は新潟の弥彦神社辺りにもあったと思います。
公開されてないと思いますが?
Unknown (はー)
2008-09-27 20:36:57
推古元年(593年)に開山

日本史年表を出してきました
<聖徳太子 摂政となる>
<難波四天王寺創建>
同じ(593年)でした~   

一昨年熊野三山に行きましたが
ずいぶん雰囲気違いますね~ 
Unknown (はー)
2008-09-27 20:41:40
聖徳太子 摂政となる
難波四天王寺 創建

同じ(593年)でした~
なぜか文字が抜けて
UPされてしまいました(^^;)
即身仏あるね! (モコ)
2008-09-27 22:13:08
確かにあります
国上山(くがみやま)にあります
ここには良寛様の住んでいた小さな家もあります
良く知っていますね
あの目には (維真尽(^^))
2008-09-28 00:06:29
びっくり (^^ゞ

こまちゃんは~
ずいぶん はと胸 (^_-)-☆

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