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Untersee-Boot

あるいは感想記として

『スポーツドリーム』 12/26

2009年12月30日 | スポーツドリーム
前回に引き続き、ゲストは巨人の小笠原選手。

今回は恒例の10の質問で野球話などをあれこれと。
まずは、
巨人のユニフォームは、移籍して入団発表のときに初めて袖を通したときからから違和感はなかった。
日ハム時代は髭を伸ばしたり剃ったりしていたが、バブルヘッド人形(首振り人形)などのグッズを作るときに、「(髭の顔か剃った顔か)どっちにするんだ?」と言われ伸ばし始めた。
という小笠原選手の話などをがありつつ。
"今の自分があるのは社会人時代から支えてくれている妻のお陰だ?"という質問では、

南原  「そして4問目、"今の自分があるのは社会人時代から支えてくれている妻のお陰だ?"」
小笠原「(笑)これね~」
南原  「これね、点点点(・・・)、ちょっと間があって「はい」と」
小笠原「これね~」
南原  「一概には言えないですよね」
小笠原「いや、でも」
南原  「はい」
小笠原「実際そうなんですよ」
南原  「実際はそう、そらそう」
小笠原「実際そうなんですよ、この質問かと思って(笑)」
南原  「アッハハ、急にこれだと思って」
小笠原「う~ん、で、ちょっと悩んだんですけど、ま、でも、ことあるごとに」
南原  「はい」
小笠原「ひと言ひと言が、こう勢いをつけさせてくれたりとか」
南原  「あ~、ズシっと、今までありました?このひと言でちょっとこうグッと来たとか、やってやろうと思ったこととか」
小笠原「う~ん、敢えて」
南原  「はい」
小笠原「厳しい言葉を言いますね」
南原  「あ、そうですか」
小笠原「うん」
南原  「どういう時に言うんですか?」
小笠原「こう、お立ち台立ったりとかしてても」
南原  「はい」
小笠原「ダメ出しが出るときもありますよね、その、お立ち台に対してじゃなくて」
南原  「はい」
小笠原「その、「こんなの普通だ」と」
南原  「うん」
小笠原「「こんなのやって当たり前なんだ」と(笑)」
南原  「ハハハハハ」
小笠原「ま、逆に言えば」
南原  「はい」
小笠原「だからその、どの世界でもそうだと思うんですけど、満足したら終わってしまうと思うんですよね」
南原  「はい」
小笠原「だから多分そういう思いで」
南原  「はい」
小笠原「敢えて厳しく、こう満足させないために言ってるんじゃないかと」
南原  「あぁ」
小笠原「あとはこう、反骨精神っていうのを」
南原  「はい」
小笠原「そうやってこう言われれば誰だってこう、少しはイラっとしますよね」
南原  「そらします、はい、はい」
小笠原「「今に見とけよ」っていう(笑)」
南原  「アッハハハ、じゃあ、いちばんの見方でもあり」
小笠原「(笑)」
南原  「いちばん厳しい査定する人みたいな」
小笠原「えぇ(笑)かもしれないですね、うん」
南原  「(笑)逆に奥さんが「良くやった」って言われたことはないんですか?「あなた良くやったわね」とか」
小笠原「でも、ちゃんとフォローはありますよ、最後には。ただシーズン中はないですよ」
南原  「アッハハハハハ、あ、そうですか(笑)」
小笠原「終わったらやっぱり「1年ご苦労さま」っていうひと言ありますけど」
南原  「えぇ」
小笠原「やっぱり、そのひと言が欲しいですから」
南原  「はい」
小笠原「頑張りますよね」
南原  「そのひと言があって、「うん」わりに「うん」、わりに普通に聞いてるんですけども実はすごい嬉しかったり」
小笠原「「お、よし!」みたいなね(笑)」
南原  「アッハハハハハハハ」
小笠原「ハハハハハハハ」
南原  「いいっすね~(笑)、それいい関係だと思いますよ、えぇ」

というやり取り(笑)。
答えを言いよどんでいた小笠原選手に、「一概には言えないですよね」と言ったと思ったら、すぐさま「実際はそう、そらそう」と、コロリと発言を変えていた南原さん(笑)。
小笠原選手をフォローしようとしていたのだと思いますが、それにしても、変わり身の早いこと早いこと(笑)。
そんな気遣い上手な南原さん(笑)にちょっと笑ってしまいましたが、それはとりあえず置いといて。
サムライと言われる小笠原選手も、奥さんの前では大仏さんの手のひらで右往左往する悟空みたいだな~(笑)。
ただ、それをわかっていながら頑張っている小笠原選手もかなり大人という感じですので、小笠原選手と奥さんは、南原さんの言うように「いい関係」のご夫婦ということなのでしょう。
で、そんな小笠原選手の話を聞いて思ったのが、南原家はどうなんだ?ということ(笑)。
南原さんは日常生活についての話・・ゴミ出し大臣に任命されたとかそういう話はけっこうしていますが(笑)、南原さんの仕事について奥さんがどういうスタンスなのかは、あまり聞いたことがないような・・・。
『その日~』でとし子さんとの別れの撮影のときに、奥さんが子供を連れて旅行に出かけていた、という話は聞きましたが、これも大林監督から伝え聞いた話ですし。
う~む、このへんはまだまだ謎が多い南原家であります(笑)。


その後は、
現在36歳だが、年齢的に厳しいと思ってはいけないというのもあるし、危機感も感じなければいけないという思いもある。
これから先のことを考えたときに、トレーニングや体のケアなどしっかり計画を立てないといけないと考えている。
現役で50歳までというのを目標にしているが、それくらいの目標を持たないと1年でも長く出来ないと思う。
という話などがあり、

南原  「さぁ、そして7問目で、"それでもフルスイングはやめない?"これは「はい」と」
小笠原「まぁあの~、先週の」
南原  「うん」
小笠原「ま、話と繋がってるんですけども」
南原  「はい」
小笠原「「フルスイングには、いろんなフルスイングがある」って言いましたね」
南原  「あぁ言いました、種類がある、はい」
小笠原「うん、だからそういう意味でこう、自分の中で」
南原  「うん」
小笠原「頭の中でこう計算はあるんですね」
南原  「うん」
小笠原「だからこう目一杯振るんじゃなくて、自分のベストのスイングをするということですよ」
南原  「うん」
小笠原「うん、それが出来なくなったらもう終わりですよ」
南原  「これ~、よく、ま、いろんなもんでも、結果よりもまず過程が大事なんだと」
小笠原「うん」
南原  「そこに結果が後から付いてくるもんでっていうんで、小笠原選手もまずフルスイングが・・そこのフルスイングを求めているところに数字が後から、何割何分とか」
小笠原「うん、だから(自分のベストのスイングが)出来れば数字は付くと思いますよ」
南原  「うん」
小笠原「勝手に」
南原  「勝手に、ねぇ~、そのフルスイングの種類を見分けるのも我々のこう楽しみの一つでもあるんですけども」

というやり取りも。
いつか南原さんの口から、「見切ったよ、小笠原のフルスイング」という言葉が聞かれる日も、そう遠くないかもしれません(笑)。


あとは、
野球は苦しいことを乗り越えたあとの勝利の喜びを味わうことが楽しい。
優勝してビールかけをしているときに、裏方の人たちがビールをかけに来てくれが、みんな無邪気に喜んでくれていて、そういう姿を見ると良かったと思う。
個人の結果よりもチームが勝ってみんなが喜んでくれるために、野球はやらなくてはいけないのかなと思う。
野球人生に点数を付けるとしても終わってから付けるものなので、まだ途中の今は点数は付けられない。
毎年危機感を持ちながら1年1年勝負だと思ってやっている。
2000本安打まであと168本だが、個人記録に注目がいってしまうのはイヤなので、なるべく早く(チームが優勝する前に)打ちたい。
早く2000本安打を達成するということは、それだけチームの勝利に貢献してる回数が多いということだし、それだけ打てば最低限チームに対しての貢献は出来る数字だと思う。という話。
それから、その昔骨折していながらホームランを打ったときには「病院行ってドクターに「折れてないと言ってください」と言った」という、"ガッツ"の愛称にふさわしいエピソード。
あと、アテネ五輪のときのテーマソングだった、ゆずの『栄光の架け橋』を聞くと、金メダルを獲って当たり前、全勝で金メダルというプレッシャーの中で戦った当時のことが一瞬にして蘇ってくる。
ああいうもの(プレッシャーと苦しみ)が原点なのかなと思い、何かあったらこの歌を裏方の人に付き合ってもらい歌いに行く。
この歌を聞いたり歌ったりすると、また頑張ろうという気になる。
という初めて聞くような話も披露。
小笠原選手がカラオケを歌ってる姿というのはあまり想像が出来ませんが(笑)、でも、小笠原選手の素顔を垣間見れる貴重な話でしたので、興味深く聞いてしまいました。


という感じで、ふだん野球をやっているときの"寡黙なサムライ"というイメージの小笠原選手とは違い、フルスイングについて雄弁に語ったり、厳しい奥さんの話があったり(笑)、硬軟取り混ぜた話題であれやこれやと盛り上がっていた、今年最後の『スポドリ』でありました。




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