癒(IYASHI)

徒然なるままに古しえに内外のニュースなどの種を拾い・我が病の不治の後遺症の体と心の癒し求めて綴ります      

▼被害者の父が土下座して更正願う少年院▼

2005年10月24日 10時56分14秒 | 癒  し
9年前、池袋駅で殴られ死亡した息子の犯人がまだ捕まらない。現場に多くの人間が居ながら制止もしてくれず・証言も少なく一人駅に立ちチラシを配りながら、少年たちの更正活動を続ける小林邦三郎さんがTVで放送されていた。
 
 千葉県八街少年院で更生中の少年達を前に、講演の最後の纏めとして「今度犯罪を犯したら,死をもって犯罪を償え」etcと壇上に土下座して、被害者の父とし、切実に「命の尊さ・犯罪の重さ」説いている姿に頭が下がる思いがした。
 少年達は、身じろぎ一つせず、拳を握り締め直し聴講する場面が映し出されていたが、講演終了後、殺害を起こして入所している2人はしばらく一人にして欲しいと訴えたと言う。
 この少年達は、果たして「どんな気持ちで聞き・どの変まで」反省したのだろうか?
 確かに、被害者が土下座して説得する姿に、少年達の心にショックを与えたのは確かのように映ったが・・はたして?

「親の心、子知らず」少年達の考えられない重大犯罪は後を絶たない。
「今度犯罪を犯したら,死をもって犯罪を償え」と言い「土下座して」少年達に説得できるのは小林さんぐらいではないだろうか。
 
本来は親が教育すべき事ではと思えてならないが・・・どうだろうか?

いずれにしても、小林さんの息子さんの犯人が早く捕まり・名乗り出ることを願って・・・
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〇1両目の20才の青年の見たもの?苦闘?

2005年10月22日 11時03分30秒 | ニュース
電車転覆事故から、早くも半年経過、たまたま1両目に乗車し運転手の行動を螺さに見ていた20歳の青年が、奇跡的に救助され両足切断を余儀なくされた半年間の苦労と心の克闘の様子がTVで放映されていた。
 
「なぜ俺が障害者にと」車椅子そして義足を付けながら、「生きている喜び」を率直に表現できるまでになった1人の青年の一言一言に感銘を覚えたのは小生だけだろうか。
 
 これまでになるまでの病院の対応・家族の苦労を察すると余りあるものがあるが、半年余で車椅子で外に出ることの喜び・楽しさを得るまでになった姿にを見るにつけ、「現実を見つめ生きて行こうとする本人の意思のの強さ・命の尊さ」を知り得たればこそ短期間であれまで回復したのだろう。
 
 顔を黒くし派手な姿等で跳ね回る「・・・族」や「ニート」等言われる若者たちが何人このTVを見た者がいただろうか。
 
 命の尊厳と言うものを考えさせられると共に元気を与えられた事に感謝しながら
・・・
 これからの益々の活躍を祈ってやまない。

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☆今時の若者の中にしては。

2005年10月21日 18時03分30秒 | 癒  し
昨日、電車の中で、
向かい側に20歳前後の若者が身じろぎもせず座っていた。
やがてポケットに手を入れ何かを探しているのか。反対のポケットもモソモソ。
そして両方のポケットの上をポンポンと軽く叩く。どうやら中味の確認だったらしい。
それからズボンのベルトを締めなおし、ソックスを引っ張り上げ、スニーカーの紐が緩んでいないかを見てから、デイバックのファスナーが締まっているのを確認して立ち上がり、座席に忘れ物がないのを見届けて降りていった。その間数十秒。

隣のつれあい曰く・・・「今時の若者にしては珍しいわねぇすごい慎重派。感心。 感心。」

「神経質し過ぎすぎだよ」と言ったが、確かに今時の若者にしては珍しい行動であると感心した。

隣のつれあい曰く・・・・「あの子はきっと周りの人にも気配りのきる人間に成長すると思うなぁ。これは願望でもあるけど。」

「今時の若者は・・・」と言われる現在、車中の皆んなにはどう見えた事だろうと思いながら・・・
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◆障害を克服・・努力・信用・信念に敬意と感銘!

2005年10月02日 17時26分01秒 | 癒  し
朝の4時ごろになると目が覚める。寝ぼけながらNHKの深夜便に耳を傾けるのが日課のようなものである。
 今日は、小さい時から、「首と背中の曲がりの障害」をもった武田さんという人の埼玉県三郷に住んで建築業の会長をするまでになった話であった。
 丁度高度成長期の日本のために、がむしゃらに働く団塊の世代前後と言われる人と姿と実像を思い出した。
 
 勉強嫌いで殆んど勉強らしきはしなかった、まして障害者だからと体育までも拒否された。中学3年になり一生懸命勉強、建築の訓練所に進もうとしたが、ここでも障害者扱いされ入所を拒否された。しかし、校長の何度かの交渉でやっと入所を許可され、1年の教育を無事卒業し、秋田から21歳で東京に出て、建築見習をしながら勉強し、23歳で実家の家を建てた自信で東京に出る迄の苦労が語られていた。
 
 3度の倒産に合いながらも、文句一つ言わず耐え忍び、その都度信用と言う宝と人間関係により自立した。これが戦後の復興の職人の有り方でもあった。バブルにも踊されずち密な仕事により現在の地位を得、現在では、アルバイト・ニート等の指導をしていると言う。 本人の努力・人間性に他ならないことに敬意を表したい。
 
 「設計図を持って、施工主を訪問すると子供たちが寄ってくる。親は邪魔だからと追い出す家。子供達にお前の部屋はここだよと家族皆で話し合う家。後者の家は「夢を持たせ・人間を信じさせ・何か夢中になるものを見つけさせる」これが親の教育だと言う事であると言うのである。」・・・なるほどそうかも知れない。
 
 ニートをしている若者は、「親はどう思っているだろう」と毎日苦労しているのは本人であると言う事を親は知っているのだろうか。
 親は「早く自立心をもってくれ」と考え怒るだけでは解決しない。日ごろの親の行動が教育と言うことを理解していない親は原点に変える必要がある。

 寝ぼけながらの聞き覚えであり話の内容は概要であるが、心当たりのあるニートを持つ親子さんの参考になれば幸いと思いながら・・・・・
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