癒(IYASHI)

徒然なるままに古しえに内外のニュースなどの種を拾い・我が病の不治の後遺症の体と心の癒し求めて綴ります      

◆ニートに対する政府の介入は本当!

2005年06月27日 11時13分01秒 | ニュース
「フリーター」や「ニート」が問題になっている。物が豊かになり貧困社会は終わり、その豊かな社会構成と豊かな社会は、働かなくても親が食べさせてくれる。自分に合わない仕事だからと直ぐ転職・退職するの繰り返すうちにも年輪が増えている。人生は長くなったと言いながらも、気が付いた時は既に人生基盤に格差は付いいる筈である。
 確かに起業の成功を夢見てのニートから一躍成功した人も数多くいる事も確かである。しかし、仕事に不満をながらも「石の上にも3年」と耐え忍びながら目標を持って励み「誇り」を持ってと言うより「誇り」を持てるようになるまで努力し、生きてきた我々時代では考えられないと思うのは私だけだろうか。
 
 政府が、ニートへの面接調査を行うと言う事が聞かれる。本音は何の為だろう。あの高度成長期の団塊の世代が前線から去っていく時・人口が減少期にある今、定職を与え税金の建て直しとでも図ろうとする為だろうか。
 私は、そう思いたくない。先ずフリーターと言われながら、本社員採用を目指しながら一生懸命努力している者の救済が先ではないだろうか。次いで、ニートと称して仕事をしないで引き篭もっている人間の社会復帰であると考えられる。
 
 一部小・中学生校等の、会社等の実体験を義務化している学校があるとも聞く。社会は甘くないと言う現実を、身をもって業務を体験させると共に「仕事に対する充実感」「達成感」をいかに小さい時から持たせる事がこれから益々重要になって来るのではないのではないだろうか。
 
 益々少子化時代を迎えようとしている今、「甘えと厳しさ」「自立心」「自律心」のある子育ては親の責任。協調性を教えるのがスポーツであり義務教育ではないではと思案しながら・・・・・
 
 ・・・・・・誰がニートの名付親?・・・・・
 
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◆病のサイトと「心の癒し」

2005年06月22日 15時17分35秒 | 闘 病
MRI検査判明の瞬間、健康管理の甘さを知った時は既に手遅れ「唯、現代医学の進歩と主治医を信じて」即「まな板の鯉」となってから早くも1年半を迎える。
 まして、何処に相談すればなどと考える余地も、知る由も無く、これが運命かと諦め、完治3ヶ月余・良性との医師の診断と、早期に仕事に復帰する事のみを信じ、家族に見送られ手術室に入り3週間で退院、寒い夜、自転車で同期生皆からの「頑張れの寄せ書き」を携え尋ねてくれた友情に感激した日を思い出す。 

しかし、退院を急ぎ、仕事の現状復帰と右耳の聴力までも病院に忘れてきた。 現代医学は進歩しているとは言うものの、体の神秘性に近い部分についての治療方法は殆んど解明されていない後遺症という現実があることを知らされた。医師に相談しても、心身症ぐらいに見られ、憤慨しながらも、紹介状を書いて貰い、病院を転々しながら訴える。しかし、苦しみは本人だけしか分らない。病状に変化は無い。  

医師だけを攻めることも出来ない神秘の世界は、最後は自分の治癒努力以外に方法が無いと言う事に気づかされたのが、インターネットの 〇〇サイトと言われる「同じ病気で苦しみ、悩んでいる人たちの情報交換グループ」から寄せられる様々の情報からである。  
同じ病気で苦しんだ経験を、あるいは苦しみ悩んでいる全国の人たちから、病院情報・病の経過情報・医師の選び方・治療方法等を、自分の事のように相談に乗り、コマメに知らして励ましてくれる事に何度感激し勇気付けられたことか。 
様々の病・後遺症で苦しみ・悩んでいるでいる多くの人たちに希望・光を与え、心を癒してくれるサイトに感謝すると共に、この悩みの情報が今後の医療に役立てて貢献する日が必ず来る事を信じながら・・・・  自分に良いと思える治療方法に、積極的に挑戦する勇気を持ち、前向きに・・・・自分の病をさらけ出す事が来た時が自然治癒能力を高める機会である事を教えられた。  
一女性の泪なくして語れない努力と前向きに進む精神力を垣間見たblog である。  
          なんなの?聴神経闘病記 
1日でも早く全快を願いながら・・・
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◆「土俵の遺産」と「家族の絆」のどちらを取るか!

2005年06月15日 14時27分53秒 | 癒  し
NHK朝の連続ドラマが高崎市と四万温泉を舞台とする「ファイト」が放送されている。友人に裏切られたと高校を休み旅館の仲居と高崎競馬厩舎の馬ジョンコの名付け親として働く優のドラマの組み合わせに興味を持ち、時間になると欠かさずテレビの前に釘付けとなるのが、日課のようになっている。
 宿屋の主人に、疎開当時の一緒だった友達が年1回必ず尋ねて来るという。苦労を分け合った仲間、同じ釜の飯を食べた戦時中の話を聞き、その仲間の様子を見て羨ましく思う。友人との確執に悩む優は「絆」と言う言葉を主人から教えられる。ドラマとは言いながら、両親と友人を思いながら働く16歳の少女に、年のせいか目頭が熱くなる事がしばしば。
 
一方では、二子山親方がなくなり、若貴兄弟の確執を面白・可笑しくTVの話題は尽きる事を知らない。
何十億という財産があるが故に、分捕り合戦と皆は見てるからだろう。家族・親族の心労は予想以上のものであると思う。兄は、兄として、弟は弟して言い分はある事は理解できるが、プライベートな問題にマスコミを引き込み傷付け合って居る様子に違和感を覚えるのは、私だけだろうか。円満な解決を!
 
 財産が有るばかりに、家族・親族がバラバラとなり利害関係が生じ、家族の「絆」と言うもの消滅する事を考えると、無い者の僻みかも知れないが「家族の絆」を保ち幸せを感じて生涯を終えたいものだ。
 何でも話しあえる家族・喜怒哀楽を共にする友人・何でも分かち合える同僚等が長く続く限り「絆」と言う文字は無くならないいだろうと思いながら・・・又、体を案じてくれる友人の皆に感謝しながら・・・
 
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★これが戦後教育の集態勢?親の責任?

2005年06月12日 21時52分59秒 | ニュース
山口県の高校3年の生徒が、隣の教室の者が気に食わないからと、私製爆発物を投げ込み大勢の負傷者を出したと言う。ましてや「釘」まで混入し死傷者まで出そうとした計画的な恐ろしい事件が発生した。何がこのような大それた事件を、一高校生が簡単に実行し誘発させる時代にさせたのだろうか。
 平謝りに記者会見している校長の姿が気の毒に思えてならない。

大事件を起こしながら、親が表に出て謝罪しなくても良いと言う社会になつたのは、何時からだろうか。
 親が何故事前に気が付かなかったのか。社会人になるまでは、親の責任と子供達を育てて来た一人の親として考えさせられた。人権問題云々と言う前に、真っ先に親が子の犯した罪に対し謝罪すべきが本当の姿である。一番悔しいのは親の筈である。
 
俺にもひとこと「魔法のらんど」もの申すhttp://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=s143408と言うホームページの中に「飛行機の中で周辺乗客の迷惑を知りながら暴れ回る子供を放任、注意するどころか、見て見ぬ振りする客室乗務員に呆れ、今の教育制度はどうなっているのか」と憤慨した記事が載っていた。私も同感である。電車の中で靴のまま座席に上がっても見てみぬ振りする親・足を踏んでも詫びぬ者・電車の中で平気で化粧する女性等、余りにもマナーと言うより常識外れの行動をとる事が常識化して来ている日本。これからの日本はどうなるのか。

このような常識の欠如した行動が、人を人とも思わない社会に発展させた責任は誰にあるのだろうか。

戦後の政治・経済の変化・核家族化等様々の要因もあり、一概には言えないが「国を愛する心」「家族を愛する心」「日の丸」「国歌(君が代)」と言えば「右翼」とか、「軍国主義に繋がる」と言って、基本であるべき「命の大切さ」を逆否定するような教育をしてきた歪が、今現れて来て居るのではないかとさえ思えてならない。
 
生徒の範であるべき先生が、国旗・国歌を今だ否定し、「処分されたと言って裁判」まで起こしている現状では、学校内での犯罪は無くならないだろう。教育委員会の処分は軽過ぎるのではないか。
 神聖な場で生徒が起立しているのに、そっぽを向き座っている先生。「気に食わなければ何をしても言い」「切れたら何をしても良い」と言う事を生徒に教えているようなものだと言う事を、何故気が付かないのだろうか。法令・要綱等をも守れない者に教師の資格はないと言いたい。
 
スポーツの開会式等で、国旗に正対し姿勢を正している若い選手達の姿を見ると安堵感を覚える。
 
「他人に迷惑を掛ける事だけはするな」と常日頃から言っていた親父を思い出しながら・・・・・

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★戦後60年 中国人よ未だ大人になれないか?

2005年06月05日 10時21分41秒 | ニュース
戦後60年を経過した今、中国・韓国から日本の歴史の認識の違いと罵声を浴びせられ、小さい島の固執と日本領土内でのエネルギー開発、領海侵犯等など、続けざまに日本国民の心を揺るがす行為に怒りを覚える。
 
終戦当時、闇市と行商で日銭を求めて食いつなぎ、寝ないで家庭を守ろうと一生懸命だった家族、農家であっても、糧飯とサツマイモ等を主食とした時代、浮浪児、乞食と言われる人たちが、食べ物をを求めて右往左往している多くの人たちの姿、教科書と言えば兄弟・親戚等からツテを頼って譲り受けた擦り減ったもの。学校での昼食と言えば、新聞紙で隠しながら食べ、忘れてきたと言っては我慢する者、サツマイモを主食として携行した学校での食事、衣服は、今若者がジーンズを故意にちぎり、ひざ小僧を丸出しにして喜んでいる継ぎ接ぎだらけのぼろ服が主流、冬に足袋が履ける家庭は裕福で素足は当たり前、やっと配給で貰えた長靴も汗で足が滑り裂けてしまう品質。そんな時代でも、他人の事を羨ましくも、恨んだ事なども無く、朝から晩まで泥にまみれ夢中で遊んだ子供の頃の貧困時代が懐かしさを覚えている者も少なくなりつつある時代となつた。
 
終戦当時の中国と日本の生活実態の比較は知る由も無いが、敗戦国となった日本の当時の状況と勝利した中国は少なくても同じ条件・状況でスタート地点に立った筈である。国の大きさに優越感とプライドを捨てきらず、様々の政策をするものの、結果はコトゴトク失敗、敗戦国日本の目覚しい発展に水を空けられた事に妬みを感じていたものが、溜まりに溜まっての爆発が今回の愛国デモと中国政府の対応か。
 終戦後、誰も当時想像出来なかった経済大国となった日本の姿。未だ60年を経過した戦争の傷跡から足を洗えないで「人のものは俺のもの」的考えの中国の言動と認識。

日本の経済支援と企業進出に頼らざる得えないジレンマ、経済成長率が上がれば上がるほど農村部と都市部の貧富の格差が益々増大して行くことへの国民不満、世界からの経済圧力が掛かり始めたこの時期に、日本の侵略問題と靖国参拝に、中国人民と世界の目を向かせ切り抜けようとする子供地味た、国民を怖がった政策と政府。
 
 いかに政治を変えようとしても、共産党が支配する社会主義ではどうにもならないという事か、これから中国がどう変わろうとするかは、3年後のオリンピックを見れば判明する。6億の人口と広大な領土を持つ中国、大国は大国なりの心と寛容さをもって行動せよ。中国人よ大人になれ・・・・と言いたい。
 一国の総理にアポを取りながら、笑って平気でドタキャンする中国副首相は、逆に世界から笑われると言う事すら知らなかつたのだろう。

 幸いに、日本政府の、冷静沈着な対応と、これまでの諸外国支援の実績がやつと認められ、信頼回復基調の気配を感じとられ始めた事に安堵感を覚えるのは私だけだろうか。 

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