癒(IYASHI)

徒然なるままに古しえに内外のニュースなどの種を拾い・我が病の不治の後遺症の体と心の癒し求めて綴ります      

「病は気から」と言われる所以は、どこから・・・・

2005年03月23日 11時04分06秒 | 闘 病

昨日、妻に同行してもらい、予約していたT大学病院に1時間30分余りをかけて診断を受けた。 
1年前の手術の後遺症が尾を引き、未だ完治の兆しは感じられない。担当医に、今の苦しい症状を話しても、どうしても理解して貰えない。受信患者で忙しくてゆっくり話す余裕が無いように思える。
「他院を紹介してくれないか」と話し、やっとJ大学病院の紹介とMRIフイルムを携行し診断を受ける事が出来た。 先生は、MRIを見ながら「〇〇先生は上手いですねと」一言、今までの経過と現状を私なりに纏めた資料により説明したが、これもコメントは一言二言のみ「説明は良くわかりました。
これは異常協同運動」の為ですので「T大学病院を紹介しす」と紹介状を書いてくれた。病名は判ったのだから、やっと「楽になれる」なとT大学病院の治療に期待して診断を受けた。 電極らしい機具で検査が始まった。内心「これはいける」と思って見守っていた。
しかし、一方的にリハビリの注意事項だけで診断終了。がっかりしであるとて帰宅。その経過観察との事で1ヵ月半後の予約診断が今日だった。
 
しかし、表情を見ただけで「良くなっていますね。」病状関連の質問をすると「それは私の範中ではない。気持ちの持ちようでは?何かありましたなら又きて下さい。」 
今直ぐに、どうのこうのという病気ではなく長期のリハビリの継続が必要だという「カウンセリング」に終始。「自分の気持ちが病状を悪い方向に向かわせている錯覚であると言うことを気づかせるための診断」だったようだ。 

診断した医師の話は皆同じような所見、妻まで半心半疑に思えているようでやり切れない。まだ同じ症状は続いている。これで診断と言えるのか憤慨のみ心に残る。 
医学は進歩したと言うが、解明されない未知の世界、病気になった者でなければ分からない神秘の世界。努力しよう・我慢しよう・生きよとの神の命・自然治癒を信じて・・・これしか無いのかと帰路についた。
他病院の患者に対する処置は、俗に言われる面倒な病気の「たらいまわし」に過ぎないと言う不振感は拭いきれないと言う事を諭された。T・J・T大學の話だけの治療。

サリン事件から早くも10年経過、私の比ではない。苦しんでいる人の様子は生々しい。家族・被害者でないと判らない気持ちを察すると余りあるものがある。 政府の対策が何も無されて居ないとの事、早急の対応を願わずには居られない。

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死後の4つの寄りどころとは?

2005年03月13日 10時54分47秒 | 闘 病
夜中3時頃に眼がさめた。ラジオにスイッチを入れるとNHKの深夜便の音楽が流れている。昭和30年から40年代の歌謡曲・エレキの流行などに、うつらうつらしながら聞き入っていた。
 何時の間にか高山の大下住職と言うひとの講話が始まっていた。脊髄損傷で眼の動きだけで意思表示しかできない20何年余の寝たきり患者の「死にたい」の気持ちを文字盤で察するまでの苦労と喜び、最後は「生きたい」に意思を変へて旅発った話などをしていた。
 人間の命の尊厳と希望を住職と医者のケヤーを両立させ、死に対する不安を解消し、「最期を迎える時の心のよりどころ」に真剣に取り組んでいる坊さんの姿がラジオの中から感じ取られた。
 その中で、 人それぞれ死生観、いわゆる「死後の世界・姿」の考え方が4つに分かれると言う。
 1 死後は無となる。
 2 死後は、魂・霊となる。
 3 死後は、子孫として生まれ変る。
 4 死後は、自然に帰る。
「人生は片道切符」と知りながら、「早く大人になりたい」「早く定年になりたい」・・・・等と思いながら時をすごす。人間とは勝手なものである。
 宗教などに余り感心は無いが、4つのうちどれを目標に、どれをよりどころにして人生を全うしようかと考えさせられた1日だった。
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★成金術はいつかはボロが出る

2005年03月04日 16時59分12秒 | ニュース
フジテレビとライブドア、コクドと西武鉄道の株問題が、連日テレビで面白おかしく報道されていた。どうしてこれほど大きな問題として取り扱われるのだろうか。両者はいずれも大資本家の株売買問題であり関係は無いと思いながらも気になる。
 ライブドアに至っては予算委員会でまでも悪者扱いにされているような発言さえ聞かれた。あるテレビでは堀江門と名前を呼び捨てにし囃し立てながら報道していた。
 「売買上の配慮に欠けていたと責められている」ようだが、常識的には、法令には違反していないと言う。何故、ライブドアの堀江社長だけが苛められなければならないか私には理解できない。責められるのは規則あるいは仕組みを作った国及び業界ではないのか。裁判所がどう判断するのか注目したい。
 「コンプライアンスをスローガンに掲げなければならない大企業が、法の目をくぐり抜けながら会社を発展させてきた元コクド堤会長」と「問題意識を持って法の隙間を探し・見つけ」て突き進むライブドア堀江社長」の2人が自分の上司だったら、どちらの上司を選ぶだろうか。
 「大企業でありながら、「自分が法規」と部下の意見を無視し権力・金にしがみ付いてきたコクドの堤会長。中小企業の社長に良く見られる旧タイプの人間」「誰も考え付かないところにビジネスがある。」という事を曲がりなりにも実践した堀江社長。
 ニッポン放送組合側がライブドアの参入を拒む声明を出したようだが「今の生活に満足し、何の苦労も感じていない幸せな会社」である事だけが感じとられる。「隙を突かれても止む終えなかったのかな」と・・・・・・・・。
 これからの「時代の変化への対応」を考えている会社なら、もっと冷静に・前向きに話し合う姿勢が必要であり今後の成り行きは時代・世相が判断するであろう。
 
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