平和エッセイ

スピリチュアルな視点から平和について考える

遺伝子と因縁因果(4)

2005年03月01日 | Weblog
しかし、生命現象になると、このような単純な因果関係は成立しません。そこには無数の条件がかかわってくるからです。

たとえば植物の種は原因で、実は結果と考えることができます。しかし、水や温度や肥料や土壌や日照などの様々な条件がととのわないと、種は実になりません。同じ遺伝子を持った種でも、栽培条件が違うと、まったく異なった実をつけます。私の家の庭ではごく貧弱なトマトしかならないのに、龍村仁監督の『ガイア・シンフォニー』第1番で紹介されている野澤重雄さんの巨大トマトでは、数万個の実をつけます。

別の例では、ウィルスはたしかに病気の原因です。しかし、インフルエンザが大流行していて、明らかにウィルスにさらされているにもかかわらず、インフルエンザにかからない人もいます。かからない人は、かかる人とは異なった条件(体質、食事、運動、睡眠、ストレス、家族、住居など)を持っているからです。

近代西欧医学は、物理学と化学の世界で成功した機械論的因果論に影響され、それをパラダイムにして成立しました。西欧医学は細菌やウィルスなどの原因が特定できる病気には一時的には見事な成功を収めましたが、それ以外の病気にはあまり有効ではありません。生命現象が複雑な条件に媒介されて出現する以上、それは当然のことなのです。

遺伝子は生命体の基本的情報で、生命現象の基本的原因、いわば原形と考えることができるでしょう。仏教辞典の用語を使うと、遺伝子は原因(直接原因)、環境は条件(間接原因、縁)に相当します。しかし、その原因が結果となって現われるためには、無数の条件がかかわってくることは、村上先生をはじめとして、現代の遺伝子研究が明らかにしつつあることです。

遺伝子決定論というのは、本来、物理や化学の世界にしか妥当しない、条件数がきわめて少ない場合の単純な因果論を、生命の世界にも当てはめた、誤った考え方であったわけです。