陽道コラム

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塾長の想い

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『想い』は時空を超える~2~

2012年10月13日 15時31分05秒 | 日記
ツタンカーメン展が東京上野で開かれていて大盛況だという。
最近NHKでもツタンカーメンの謎に関する番組があったので見てみたが面白い。
なので今回はツタンカーメンとその周辺について述べてみたい。

ツタンカーメンは古代エジプト第18王朝のファラオ(在位:紀元前1333年頃 - 紀元前1324年頃)。死因には謎があり、一時毒殺説が有力だったが、この前のNHK『地球ドラマチック』という番組ではツタンカーメンのミイラのCTスキャンやDNA鑑定などを駆使し、ツタンカーメンは足の骨の異常とマラリアにかかって19歳という若さで亡くなったということが判明したのだ。

すごいですね~。3000年前の死因までわかるなんて!

しかし私はツタンカーメンよりも王妃のアンケセナーメンの愛情と、ツタンカーメンの墓を発見したハワード・カーターのほうに心惹かれるのである。

イギリスの貧しい家に生まれたハワード・カーターは17歳でエジプトに渡り、17年もの間、エジプト考古局の査察官として働きながら王墓発掘を『想い』続けた。
そして英国の大貴族カーナボン卿が資金提供者となり発掘開始。15年の時を経てついに王家の谷の住居の遺跡の下から、ファラオの墓への入り口を発見する。

『想い』が通じた瞬間だ。

カーナボン卿とともに訪れた娘のイヴリンとの運命的な出会い。30歳近くも年齢の違うカーターとイヴリンだが、愛が芽生え、互いに結婚を意識するようになる。
しかし貧しく無名で中年の素人エジプト研究者とうら若い大貴族の令嬢との結婚が許される筈もなかった。

イヴリンは折角の発見とその後の発掘・研究からカーターが放逐されないように考え抜いた末、カーターとの結婚を諦める代わりに発掘権を手放さないでくれるよう懇願。その願いは聞き入れられ、数ヵ月後、カーターには何も告げず、イヴリンは大富豪に嫁いでいく、という悲しい恋愛物語があった。

カーターの発掘作業はイヴリンのおかげで続けることができ、遂に黄金の厨子の扉の向こうから黄金の人型棺が出てきた。



だが、カーターの目は棺の上に置かれた一束の枯れた花束に注がれていた。
それは棺の蓋が締まる間際に、王妃アンケセナーメンがさっと差し込んだものに違いないという。
王の墓にはあらかじめ決められた副葬品しか入れる事はできないし、ましてや生のものなどけして入れる事は許されないのだ。
葬列に従って進みながら、王妃は道端で矢車草を摘み、それを咄嗟に夫の棺に入れたのだ。

その枯れた一束の矢車草は、永遠に色あせない黄金にも勝る輝きをもってカーターの目に映った。

時の流れにも消えず、何ものにも妨げることのできない愛は確かに存在する。

黄金で装飾されたものよりも枯れた矢車草のほうが王妃の『想い』がずっとずっと伝わってくる。

当然その『想い』はツタンカーメンにも天国で通じたのではないか。

「…それは若い王妃アンケセナーメンが最後に手向けたものでしょう。
墓の中はどこもかしこも黄金で輝いていましたが、どんな輝きよりもその枯れた花束の方が美しいと、私は思いました」

そう語ったカーターはイヴリンへの『想い』と重ね合わせていたのではないだろうか。。。

10年にもわたるツタンカーメンの発掘作業を終えてロンドンに戻ったカーターは10年後、自宅でひっそりと息を引き取った。享年66歳。
学歴もなくアマチュア研究者だった彼は、ツタンカーメンを発見したのにも関わらずその功績は過小評価され、彼の死は新聞の訃報欄に数行だけ告知され、参列者も少ない質素な葬式が営まれた。


が、彼の墓前には花束と1枚のカードが供えられていた。


差出人はレディ・イヴリン。カードには「万感の想いをこめて」と手書きのペン字で記されていた。。。


『想い』は時空を超える・・・


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